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『暴力』とは何か。-映画「ファニーゲームU.S.A.」感想 

すごい映画を観てしまった。

本当なら今日は映画でも観て、その後はしばらく読めなかった漫画を読み、更新が滞ってしまったブログの更新、余った時間でゲームでもやろうかなぁなどと考えていた。

しかし、それどころではなくなってしまった。ものすごい衝撃だった。この映画を観たあとに漫画を読む気になんてなれないのである。別に漫画がどうこうという訳では全くなく、他のエンターテイメントに触れる気がしないのだ。この映画の『余韻』。たったそれだけで並のエンターテイメント作品では全てがぶち壊されてしまう、余韻が残っているうちは他のエンターテイメントに触れるべきではない、そんな危機を感じたからだ。

ネタバレがあるので追記扱いにしますが、これだけは言っておきます。この映画は無茶苦茶不快で非常に胸糞悪い映画です。決してオススメしません超映画批評という映画批評サイトで「絶対に観てはいけない映画」と評されたけど、まさにその通りだった。カップルで観るなんてもっての他。デートで最も観てはいけない映画だと思うし、家族で子供と一緒に観るなんて最悪もいいところ。劇中の家族と自分達の家族を重ねながら見ることになると思うと心底ゾッとする。家族でこの映画を観ようとしたら劇場のスタッフは全力で止めるべき。冗談ではない。

「暴力」とは何か。「娯楽」とは何か。

この映画を観てその2つについてすごく考えさせられた。ミヒャエル・ハネケ監督はこの映画を通じて暴力の本質を描いたそうだけど、本質も何も、結局のところ暴力は暴力以外の何物ではなく、どんな理由があるにせよ暴力は凶悪なモノでしかないということなんでしょう。

そんなこと当たり前だろ。なんて思う人もいるでしょうが、本当の意味でそれを理解している人は限りなく少数だと断言する。この映画を観ると自分の認識がいかに甘かったのか痛感させられる。

突然だが、凶悪な敵を相手に戦う主人公、そんなどこにでもある娯楽作品を仮定する。

そうした作品の99.9%以上が敵を倒すことでハッピーエンドを迎え、観客側からすれば主人公の行為は正義である。優れた作品ならば敵を倒した時に大きなカタルシスが得られることだってあるだろう。

でもちょっと待て。主人公はどうやって敵を倒した?銃で、鈍器で、素手で、もしくは何かの能力で?「倒した」のだから何かしらの方法で敵に『暴力』を振るったのではないのか?

敵も主人公も暴力を振るった。しかし、主人公だけがそれを正義とされる。つまり『暴力』が主人公にとって、引いては消費者にとって都合良く正当化されているのである。

こんな理不尽なことが許されているのが現在のエンターテイメントの現実なのである。とは言え「娯楽」である以上、それは仕方のないことではあるのだが、しかし都合良く正当化されているのは事実なのだ。そして暴力の本質が自動的に隠蔽されていく。そして、「ファニーゲームU.S.A.」とはそういった都合のいい暴力に対するアンチテーゼをこれでもかと突きつけてくる作品なのである。

少々余談染みてしまうが、『都合の良い暴力』の最たるものはTVゲームのRPGではないかと思う。勇者達は自分達に何も危害を加えていない敵を倒す。敵がモンスターだと言う理由で、しかもレベル上げという名目で。最終的に魔王を倒すわけだが、それまでに数百数千、人によっては数万の敵を暴力によって倒している。更に、ゲームなのでそれを操作しているのは自分である。これほど凶悪なことは無い(自分もRPG好きですけどね…)。

では同じ『暴力』でも正当防衛による暴力はどうか。ホラー作品やスリラー作品では主人公は常に絶望的な状況に立たされていて、殺らなければ殺られる状況であることが多い。そして物語の終盤で銃などの武器で仕方無く敵を殺し、主人公が恐怖から解放されることで物語が完結する。

こういったケースでは主人公による『暴力』は戦いではなく防衛であり、『都合のいい暴力』には該当しないかもしれない。だって仕方が無いのだから。現実の裁判でも正当防衛が認められれば罪に問われることはない。

しかし、「ファニーゲームU.S.A.」ではそれすらも否定する。そして、そこに暴力の本質が描き出されている。言ってしまえば、『暴力の本質』を描くために正当防衛による暴力すらも否定するのである。

それが描かれているのは物語の終盤、例の『巻き戻しシーン』がそれである。

アンは凶悪な2人組の一瞬の隙を突いてライフルを奪い、2人組のうちの一人、ピーターを殺すことに成功する。ここで観客は「やった!」と、一瞬スカッとするかもしれない。そしてこれは間違いなく正当防衛である。その後、2人組のうちのもう一人、ポールは「しまった!なんてことだ!」とショックを受けるが兄弟をライフルで殺されたアンに仕返しをするわけでもなく、「リモコンはどこだ」とリモコンを探し始める。全くもって意味不明な展開である。しかし、発見したリモコンの巻き戻しボタンを押すと、なんとライフルが奪われる直前まで映画が巻き戻ってしまう。あまりにも強烈なシーンなので一度見たら忘れることはないだろう。

絶対に有り得ない演出であるが、その演出によってアンはライフルを奪うことに失敗し、夫を殺され、最後には自分も殺されてしまう。

超映画批評でもあったけど、この映画はこれだけ暴力的な内容でありながら実は直接的に暴力を描くシーンは無い。しかし、唯一直接的に描かれているのがこの『巻き戻しシーン』なのである。

このシーンが他の暴力シーンと絶対的に違うのは、このシーンだけが正当防衛による暴力であるという点である。その正当防衛をこんなに理不尽かつ有り得ない手段で無かった事にされる。何故か。それは正当防衛も所詮は暴力でしかないからである。

あんなに凶悪な奴であっても、同じ人間なのだからライフルを一発ぶち込まれれば当然死ぬ。実際、打たれたピーターはあっけなく死んでしまった。一発で人を殺せるほどの強大な暴力。それだけ強大な暴力をアンが振るったのだ。そこを有り得ない演出によって観客の脳裏に強烈に焼き付け、そして問いかける。「アン『も』暴力を振るったよね」と。2人組と同じことを今、アンがやってしまった。

つまり、暴力に敵も味方も存在しないのである。暴力はどこまで行っても暴力であり、暴力以外の何物でもない。そして暴力とはこれだけ凶悪なものであり、これだけ強大な暴力はいくらでも存在している。更に、(仕方ないとは言え)殆ど全てのエンタテインメント作品でそれが隠蔽されているのである。それが現実なのだ。

補足説明になるが、この「巻き戻し」演出の意図はこうだ。まず「巻き戻し」によって強烈にアンの暴力を否定する。そしてアンの暴力の否定は正当防衛の否定であり、正当防衛を否定したあとに残るモノ。それは『暴力』そのものである。つまり、巻き戻すことで正当防衛から『暴力』のみを抽出することに成功しているのだ。

とまあ、これまで暴力について色々と語ってきたが、この監督は暴力そのものは肯定も否定もしていないかもしれない。この映画で描いたのは一つ。数々の娯楽作品で描かれる「都合の良い暴力」の中に隠されてしまった『暴力』が本来持っている凶悪性。それを観客に再認識させることである。

もっと言えば、これからも「都合の良い暴力」の娯楽作品は無限に生み出されるだろうが、暴力とは震え上がるほど凶悪なものであることを忘れてはならない。

そういったメッセージがこの映画には込められている。

映画の内容自体は震え上がるほど怖く、心底胸糞が悪くなるストーリーなので二度と観たくないと本気で思うでしょう。しかし、紛れも無い大傑作です。
[ 2008/12/28 04:30 ] 未分類(雑記) | TB(0) | CM(6) このエントリーをはてなブックマークに追加
なんか ぼくらの の切江くんを思い出しました。
[ 2008/12/30 02:34 ] [ 編集 ]
>なっこさん
「途中で群集が一人でも死んでいればぼくにとってはバッドエンドなんです」
切江くんのセリフですね。
確かに切江くんは暴力が平等であるということを理解していたようです。
切江君が独自の考えを持っているように捉えられがちですが、本来ならこれが普通の感覚なんでしょうね。
エンターテイメントなので主人公の暴力が正当化されるのはある種当然としても、その中の重要なものが抜け落ちているのが現状で、殆どの人がそれに気付いてすらいない。
なんて恐ろしいことなんだろうと思います。
[ 2008/12/30 12:56 ] [ 編集 ]
寝てるホームレス?の顔面をハンマーで殴りまくったあげく体をキリで何箇所も刺していくという「ウクライナ21」という有名な動画がありまして、それを観た時と似たような印象を受けました。
やってることはえげつないのですが、出血や悲鳴はほとんど無く、惨劇が非常に淡々と進行するのがまた物凄まじかった覚えがあります。
また、加害者が終始ヘラヘラ笑っており、時折カメラを意識したりするのも何となくファニーゲームっぽいです。
どうしても観たい場合は、名のあるグロ動画サイトを順に巡っていけばまだ観られると思います。
ちなみに犯人はきちんと逮捕されたようです。よかったですね。
件の動画は、その犯人がハンディカメラで撮影していたある意味ファニーゲームの本物版です。
[ 2012/06/29 20:26 ] [ 編集 ]
中2が書いたような解説ですね!(笑)
[ 2013/01/19 04:46 ] [ 編集 ]
確かにRPGに例えたのは良いかもね。
巻き戻すシーンは、RPGでモンスターに全滅させられたときにリセットボタンを押すのと大差ないね。

虚構の世界だからこそ出来る暴力だね。
[ 2013/05/01 23:32 ] [ 編集 ]
>ワロタさん
高二みたいなコメントですね!(笑)
[ 2013/05/05 17:41 ] [ 編集 ]
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この映画は絶対にオススメはしません。あくまで「紹介」に留めます。なぜならこの映画は意図的に観客に不安感や嫌悪感を抱かせるように作られており、観たことを後悔する人がかなり多いと思うので。観ると確実に不快な気分にさせられます。私も劇場で観た時はもの凄く落ち込みましたし、すごく不安な気分にさせられました。でも同時に「これは大傑作だ!」という確信もありました。エンタテインメントに於ける『暴力』表現の本質とは何なのか。この映画を観ると『暴力』の表現に対する価値観が変わります。それだけこの映画の内容自体は震え上がるほど怖く、心底胸糞が悪くなるストーリーなので二度と観たくないと本気で思うかもしれません。しかし、紛れも無い大傑作だと私は思います。

鑑賞した当時、この映画の記事を作っているのでそれも併せて紹介します。
映画「ファニーゲームU.S.A」


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「ファニーゲームU.S.A」のリメイク前の作品(「ファニーゲームU.S.A」はミヒャエル・ハケネ監督のセルフリメイク作品)。ずっと絶版されていてプレミアもかなり付いていたけど、「ファニーゲームU.S.A」のDVD発売を期に再販。「ファニーゲームU.S.A」との相違点は基本的にはキャスティングと舞台のみで、脚本もカメラワークもセリフも同じ。同じ内容のものをリメイクする必要あるのか?って思う人もいるでしょうが、その必要性も価値も理由もあります。こう言うと商売みたいですが、この機会を逃すといつ手に入るか分からないので後悔しないうちに買ったほうがよろしいかと。
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