マンガノココロ

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「21世紀少年」最終回を読み終えて 

8年以上にも渡る長期連載だった『21世紀少年(20世紀少年)』が7/13(土)発売号のビッグコミックスピリッツにて完結しました。以下はそれについて色々と語るつもりですが、物語に関してとても重大なネタバレがあるので注意。追記扱いにしますので、読んでみたいという方は「READ MORE...」をクリックしてください。



最終回になって明かされたこと、それは”ともだち”の正体が『カツマタくん』であったことでした。読み終えたあと私も含め、ほとんどの読者が「カツマタくん…?」と思ったはずです。重要なのはこのとき、「誰それ?」ではなく「誰だっけ?」と思い出せない点。実際、カツマタくんは作中に登場しています。だから『知らない』のではなく『思い出せない』。それが”ともだち”の本質であり、浦沢が描きたかったことなんじゃないかな、と私は思います。

実はこの「20世紀少年」という漫画は浦沢が同窓会に出席した際、思い出せない”ともだち”がいたことをキッカケに描かれたそうです。では思い出せないともだちってどんな人物でしょう?おそらく友達であるなら10年振りだろうが、会って話すうちに段々思い出してくると思います。昔話に花を咲かせたりしてね。では友達の友達はどうでしょう?あいつとは仲が良かったけど俺とはそれ程でもなかった。全くと言うわけではないけどあまり関わりがなかった。そんな奴です。仮に10年振りに出会ったとして、そんな人物のことを果たして思い出せるのかと言えば、正直難しいと思います。

それらを踏まえた上で思い出して欲しいんですが、作中で初めて明かされた”ともだち”の正体はフクベエでした。でも実はその黒幕がいた。つまり"ともだち"の"ともだち"です。”ともだち”の正体がフクベエだとわかった時点で終わらせなかった理由はここだと思います。ケンジたちはみんなフクベエのことは思い出しました。おそらく思い出した時点で”ともだち”の本質からは外れるんでしょう。本当に思い出せない人物は『友達の友達』だ。そう思ったからこそ、浦沢はさらに物語を続けたわけです。おそらく、黒幕の存在はかなり初期の段階から決まっていたと思われます。

”ともだち”の望んだこと。それはケンジに自分の存在を思い出して欲しかった、ケンジと友達になりたかった。それを裏付けるかのように”ともだち”の行動は終始、少年時代を再現することに一貫しています。よげんの書にしろヴァーチャルアトラクションにしろ、ウイルスを撒き散らした後の日本にしろ、全てはケンジに自分の存在を思い出して欲しかったが為の行動だったわけです。少年時代を再現すれば自分のことを思い出してくれるに違いない、そう考えたんでしょう。確かに思い出すためには再現するのが一番効果的だと思います。

しかし、これだけ大掛かりなことをしておきながら(大掛かりと言うには規模がでかすぎますが…)、ケンジは最終回の、しかもその最後の最後になるまでカツマタくんのことを思い出しませんでした。だって、カツマタくんはケンジにとって"ともだち"の"ともだち"でしかなかったから。また、それは読者も同じです。8年にも渡り”ともだち”は自分の存在を訴えていたのに、誰もその正体に気付かなかった。思い出さなかった。そして”ともだち”の正体が『カツマタくん』だったと明かされても、「カツマタくんって誰だっけ?」と思い出せなかった。

つまり、この漫画は”ともだち”がケンジに自分の存在を思い出させる(そして友達になりたい)為のものであり、それでも思い出してくれないカツマタくんの可哀相な物語だったわけです。ある意味、カツマタくんが主人公であったとも言えます。でもその存在は誰も覚えていなかった…。そしてその思い出せないというのを、作中のキャラクターと読者が共有するための作品であったと言えます。最終回で”ともだち”の正体が明かされたとき、「誰だっけ?」と思い出せなかった人はその瞬間、完全にこの漫画とシンクロしています。そして、浦沢はこの瞬間のために8年にも渡ってこの作品を描き切ったと言っても過言ではありません。

敢えてカツマタくんがどこで登場しているのかとかは言いません。それを言ってしまうと彼の存在を思い出すことになってしまうので…。でも確かにカツマタくんは登場しています。

なにはともあれ、8年間お疲れ様でした。「PLUTO」と次回作にも期待しています。
[ 2007/07/18 18:32 ] 未分類(雑記) | TB(1) | CM(148) このエントリーをはてなブックマークに追加
カツマタ君はフクベエがともだちだと明かされる前に僕のともだちがともだちの正体はカツマタ君だ!と言っていました。ともだちスゲェな
[ 2007/07/30 21:18 ] [ 編集 ]
>うにさん
偶然じゃないとしたら伝説の刑事チョーさんを超えていますよ。凄すぎる。
[ 2007/07/31 12:30 ] [ 編集 ]
私、カツマタくんを思い出せなかったです…。
浦沢さんの思惑通りにハメられたのかもしれないですね。;;
[ 2007/09/29 16:34 ] [ 編集 ]
>えびちりこさん
思い出せなくて正解だと思いますよ。
漫画のキャラクターとシンクロできる作品なんてそうそうありませから。
浦沢さんは読者すらも作品に組み込みたくて、こういったラストにしたんじゃないかなぁと個人的には思ってます。
[ 2007/09/29 18:14 ] [ 編集 ]
そんな複雑なことを考えて作られた作品だろうか?
単に伏線を回収できなかっただけと違うんか?
他にも未回収の伏線たくさんあるし。
[ 2007/09/30 19:19 ] [ 編集 ]
>たらこはださん
特別複雑なことではないと思いますよ。
プロのエンターテイナーの大ベテラン作家が考たことは、言ってしまえば「読者を引き込むこと」です。
その最上級型として「読者を作品に組み込むこと」を今回の作品で浦沢さんはやってのけたんだと思います。
数々の伏線が未回収のまま終わったのは否定しません。
というか、浦沢さん自身もそこは否定できないでしょう。
でもそれは逆に、伏線回収よりも優先したいことが浦沢さんにはあったという証拠だとも思うんですよね。
それが今回のラストに表れたんだと私は考えてます。
もう一つ考えられるのは、「MONSTER」を読む限り浦沢さんは最初から伏線を全て回収するつもりは無かったということです。
謎は謎のまま残す。それが浦沢さんの美学だったんじゃないでしょうか。
それを許容できるかどうかは読者次第です。
[ 2007/10/01 08:30 ] [ 編集 ]
>べあーさん
どんな理屈をこねても、結局のところ「は?なにそれ?」という、裏切られた感じを受けたことは否めないと思うんですよ。
伏線を回収するつもりがないんなら、最初からそんなもの張るな、と言いたいですね。美学ったって、結局のところ読者に読んでもらってナンボの商売なのに、読者の事を全く考えていないと思いませんか?
期待しながら最終巻を読んだのに騙された!って読者は少なくないと思いますよ。
[ 2007/10/01 21:43 ] [ 編集 ]
正直最悪だと思ったよ
[ 2007/10/01 22:52 ] [ 編集 ]
浦沢はハッタリ漫画家だよ
[ 2007/10/03 07:36 ] [ 編集 ]
伏線は回収しなきゃいけないものでしょうか?
というか「これは伏線だ!あとできっとものすごい真相がわかるんだ!」という読み方は、いまの日本では圧倒的ではありますが、必ずしも読者は伏線―真相を追い続け、作者は伏線―真相を繰り返さなければならないのでしょうか?
うまいたとえが浮かびませんが、それは「エスカレーターでは右に寄る」といったような通俗的な了解と同じではないでしょうか? それをやぶったら、読者への裏切りになるのですか?
そもそも「20世紀少年」は犯人が誰かを探す推理モノだったのでしょうか?

最終回に関しては色んな説が飛び交っていますが、真実か何か分からない、絶対これだとは決められない感じがかえって面白い議論を呼んでいると思います。
個人的には、こちらの説を非常に興味深く読ませていただきました。もしかしたら本当にこれが浦沢先生の考えかもとさえ思わされました。でもそれも可能性のひとつなわけで。答え合わせがなかったから、といって文句を言っている方はそこで思考停止していないでしょうか。
長文失礼しました。
[ 2007/10/03 14:35 ] [ 編集 ]
うおっ
読後すぐに思った事と
全く同じ事が書かれていてびっくりしましたわ

どう考えてもそうとしか思えない終わらせ方でしたね。

しかし真意がそうだとして気付く読者は少ないと思いますけど。
[ 2007/10/03 18:09 ] [ 編集 ]
正直、最終回読み終えて消化不良気味でした。
21世紀少年(上下)は蛇足だったんじゃないかって気もしてました。
でもこの解説読んでスッキリしたというか、やっぱり名作漫画だなと確信しました。
[ 2007/10/03 20:44 ] [ 編集 ]
20世紀少年を好きで読んでたのに「カツマタ君がわからないとい」う人がわからない。
もし作者が読後の感想として「勝俣君てだれ?」って思って欲しかったんだとしたら読者をなめてると感じました。
ちゃんと疑わしい人物としてあげられていたじゃないですか。
と、この解説を読んで思いました。
[ 2007/10/04 01:34 ] [ 編集 ]
実は、ともだちはカツマタ君かなぁ~って思ってた。あたってて嬉しかったぁ~
だって、何度も「僕は死んだも同然」みたいなこと言ってたし、あれだけ不自然な登場人物もいなかった。

でも今思えば、「死んだことにされて怪談話にされる」なんて、カツマタ君かわいそう。ケンヂ達ってかなり陰湿。
子供って残酷。
でも、万引き疑惑かけられて、ケンヂをうらんでたはずなのに、どうして中学生のとき「ともだちになろう」なんて言ったんだろうね。
そこのところは不思議なかんじした~
[ 2007/10/04 11:37 ] [ 編集 ]
浦沢さんはそもそも、20世紀少年を推理ものとして書いてはいませんよ。
だって言ってたもん。
読者が勝手に推理ものと見なしているだけ。
[ 2007/10/05 19:09 ] [ 編集 ]
例えばTVアニメ版の「エヴァンゲリオン」を見てラストに怒った人は多分同じように怒ったと思うんだよね。
伏線は回収されて当たり前、謎は解けて当たり前、答えは与えられて当たり前…ってね。
ここ最近巷に溢れている、これらの“親切”な作品群に慣らされている人は我慢できないんでしょう。正直わからないでもないです。

ミステリーだと思うのなら納得のいく答えを自分なりに考えてみればいいし、別のテーマがあると考えるならこれも自分なりに納得すればいい。

そして次にいきましょう、って事じゃないですかね。
[ 2007/10/10 23:02 ] [ 編集 ]
はじめまして。お説楽しく拝見しました。私は別に伏線を全部回収しなくてもいいと思うんです。推理物じゃ無いと云われるなら、そうなんだろうと思うし。
ただ、手法は間違いなくサスペンスをあおって読者を引っ張ってるのではないかと。しかもこの作品だけならば、まだそういうのもありかって気がするんだけど「モンスター」も「プルートゥ」も手法としては同じかと。昔のスポーツ漫画が書けた実力がある作家さんなので、どうしても逃げてるように感じるんですよね。広げた風呂敷はお願いだからちょっとでもたたんで見せて欲しいのも本音としてはあります。読者へのサービスもエンタメの場合大事だと思うんですが。もちろん読んでる間はハラハラドキドキ、浦沢漫画大好きなんですけど。読後のテンションが最後で確実に落ちたのは多くの人が感じてるんじゃないっすかね?
キングなんかは比較的親切にたたむ努力が見える気がするのであの荒唐無稽さも私は気にならないですが。(もちろん好き嫌いは別で)
[ 2007/10/11 16:16 ] [ 編集 ]
その日、駄菓子やのババァに「つかっまた」

つかまた

カツマタ
[ 2007/10/11 22:52 ] [ 編集 ]
下巻が出て半年振りくらいに読んだ時はこの落ちは何だと切れましたが、今日改めて最初から全部読んでみるとおぉ!やっぱすごい作品だったんじゃないかと思いました。そんでもってテンションがあがり色々とブログをまわってみましたが友達の友達は覚えてないっていうのには結構ぴんとくるものがありました。いわれてみればそのとおり!みたいな。ただ個人的にはカツマタ君の名前を最後まで思い出せなかった理由がケンジの友達の友達だからという軽い理由だけでなく、いじめの延長で死んだことにされたというような重い内容が含まれているんじゃないかな~と思いました。いじめるがわにとっては覚えてないことでもいじめられたほうにとっては忘れられないみたいな・・・。おまえは今日で死にましたっていうだけで存在が忘れられるなんて実際ないようにおもえて100%無いと言い切れないところにもちょっと怖さをかんじます。
犯人が誰ってのとは関係ないですが、ケンジがカツマタ君の存在を忘れさせる原因(万引き事件)を起こしておきながらT-Rexの音楽をかけることで命を救っているという事実が完全にケンジを悪とか正義とかいえなくて面白いなーとおもいます。
[ 2007/10/15 05:58 ] [ 編集 ]
浦沢さんの真意はわかりませんがすごい納得しました。
もしかしてそういう風に読者を取り込む意図があったのかもですね。

あと思ったのは安易に答えを求めすぎてる人が多すぎる気がします。複線回収に対する批判はわからなくもないですが、自分の求めてるものと違っただけで怒りすぎではないですか?
[ 2007/10/18 12:21 ] [ 編集 ]
自分は
「なるほどカツマタ君かそりゃびっくりだ!」
なんて普通に驚いて楽しんでました
こういう漫画を考察するサイトを読ましてもらうと皆さんいろいろ考えてて凄いなって正直に思いましたね。
[ 2007/10/23 11:40 ] [ 編集 ]
作者さんは「推理モノ」でない、と言っても、受け手がそう思ったらそれはもうしかたないと思う。
受け手に同じメッセージが伝わらない方が良い作品だと思う。色んな受けとめ方をされて、多様性が出るって良いんじゃないかな。
とにかく、面白かった!
[ 2007/10/25 00:06 ] [ 編集 ]
皆さんほど読み込んではいないかと思いますが、
カツマタ君は本当に小学生の時に死んでいたのではないでしょうか?フクベエは理科室の事件でカツマタ君を死なせてしまい(首吊りをしていたのは実はカツマタ君だった)、その罪悪感から自分の中にカツマタ君の人格を持ってしまう、いわゆる二重人格化してしまったのではないでしょうか、つまり肉体的には「ともだち」はフクベエ一人で山根に撃たれた後(実際は生きていた)精神的にフクベエの人格が死にカツマタ君の人格が支配した・・・・というのはどうでしょうか?
フクベエは自分自身の存在を希薄に感じているふしが有ります。(僕は誰?やのっぺらぼうの描写など)
小学校高学年の記憶で実際生きている人間を死んだものと思い込めるかが疑問ですし、実際に死んでいる(首吊りなので自殺と断定され、葬式に生徒が行くことも無かった)しかもいじめの事実は有りそれぞれのキャラクターに罪悪感が有って記憶から消されていると考えるほうが理解できます。
第二の友達の正体はフクベエの別人格のカツマタ君だった、という事ではないでしょうか。
[ 2007/11/02 00:32 ] [ 編集 ]
皆さん色々な解説めいた書き込み…分からなくもない…けど…やっぱりフに落ちない!
何より最後にバーチャルリアリティに入り浸るところがセコイ!
あれはあくまでコンピューターの中に有る架空の世界であって、現実世界とは全く分断されたモノでしかないのに。
そこで何をやり直してみても何の解決にもならないのに、全てやり直して来たようなあのスッキリ感は何!?
しかもトモダチはもう死んでいて、死ぬ前に自分でネタバラシもしてくれてて、その間ケンジはまともな会話の受け答えも出来ないような変なオジサンキャラになっちゃって、全部棚ボタ状態で解決して…
最後はページ数を気にしながらの駆け足でディテイルもヘッタクレも無く、1エピソード5ページづつみたいな状態だし…
俺はただただガッカリしましたが…
[ 2007/11/06 12:49 ] [ 編集 ]
>カプさん
二重投稿されてしまったようなので片方削除させていただきました。
[ 2007/11/07 09:07 ] [ 編集 ]
20世紀少年が終わった時点で全巻まとめてブックオフに売ってしまったのですが、サスガにあのオチを見せられてしまってはカツマタ君って誰!?って気になってしまいます。
今さらまた買い直す訳にもいかないし…
マン喫にでも行こうかと思うんだけど、時間もないのでカツマタ君登場の巻だけを狙い撃ちしようと思ってるんですけど、誰か親切な方で何巻を読めばカツマタ君を見れるのかを教えてもらえませんか?
[ 2007/11/07 14:48 ] [ 編集 ]
どうも、改刃と申します。21世紀少年を読み終わって、色々な記事を巡っていく
うちにここにたどり着いたのですが、いやはやここまで「なるほど」と相槌を
打たされたのはこの記事が初めてです。

正直、私はこの作品を推理モノとして見ずに、ただただ背筋を凍らせられるような
サスペンスを楽しんでいたのですが、それ故に最後の『おまえ、カツマタ君だろ?』
には『・・・んん!?』状態だったんですが・・・なるほど、その感覚自体が浦澤
先生の真意だったとしたら納得できます。

色々な理屈や検証を踏まえた考察も数多ある(その中にはよくもまあここ
まで・・・!というのもありますね)のですが、自分としてはこういう感覚的な
捕らえ方がこの作品を楽しむにはちょうど良いかと思いました。

だってそうでしょう?『人間』を描いているというのに、ここまで不意に『ゾクッ』
とさせられる作品はコレやMONSTERくらいしかありませんよ。(ガクガクブルブル
[ 2007/11/09 18:49 ] [ 編集 ]
作品を今以上に良いものにする論評ですね。

同窓会なんてまだまだ先ですが、ぞっとするものを感じました。でもなんか切ないね。

ここまでリアリティーに溢れ一貫した作品を創った浦沢直樹に乾杯です。
[ 2007/11/13 11:39 ] [ 編集 ]
今日最終回を読み終えて、『かつまたって誰!?』ってなり、ネットを繋ぎました!!
解釈を読んで感激した!!
ほんまや!!ってなった!!
何言われようが、おもしろかったよ!!漫画に入り込めたの久しぶりやったし♪
最後は『えっ!?』ってなったけど、この解釈読んでめっちゃすっきりしたし、納得できたし!!
よかった~!!
[ 2007/11/16 21:52 ] [ 編集 ]
この論評をみて ほんと救われました。
もう一度読み返して見たいと思います。

浦澤さんが真意を明かす事はないでしょうが、それこそが読み手の創造心を煽る、新しいクリエイティブの世界だと思いました。
[ 2007/11/20 06:32 ] [ 編集 ]
自分は、雑誌の連載中にスピリッツであった対談(誰としたのかは憶えてないですが・・・)で、
「ラストシーンは頭の中にある」みたいな発言を浦沢直樹がしていたのを読みました。

そして・・・

最終話は物語のオープニングに帰結しました。

自分にとっては、納得のエンディングでした。
残された沢山の謎も別に気になりません・・・いろんな想像が出来て楽しいです。

【本格科学冒険漫画】なんですから!!
答えが出ちゃったら冒険がおしまいだもの・・・
[ 2007/11/20 13:41 ] [ 編集 ]
ケンヂは結局誰だか思い出せなかったから
適当に小学生時代噂になった幽霊の名前を
挙げただけでは?
[ 2007/11/24 16:32 ] [ 編集 ]
モンスターしかり、元々このお話もサスペンスものじゃないでしょ。幼少期の体験がどんなに大事なことかっていうのがテーマじゃないですか。
[ 2007/12/01 20:53 ] [ 編集 ]
前作の浦沢作品のモンスターも同じように20世紀少年もあたまでっかちな作品だとおもうよ。血のおおみそかの回想以降つじつまの合わない点がおおかったし。しかも、21世紀少年の上で万丈目がバーチャルアトラクションにいた理由がおかしい。確かバーチャルアトラクションやってる途中で殺されたっていう理由だったけど、20世紀少年の21巻では普通に高須としゃべってたし。完璧に変な機械みたいなのはずしてたし。
[ 2007/12/09 00:14 ] [ 編集 ]
皆さんの見解楽しく読ませてもらいました。自分は推理小説愛読者なので伏線は回収してほしかったです。狙ってたことはここ読んだら納得できたけど『大風呂敷広げちゃった感』がどうしても否めなかったです。もう少し読者に親切に説明してくれてたら批判も減ったかも。まぁ批判がどうのこうのなんて作り手側にしたら大したことじゃないのかもしれないですけど。
[ 2007/12/28 18:51 ] [ 編集 ]
謎は解決しなくてもいいですが
伏線は回収しなくてもいいってのはナンセンス。
そもそも回収できない伏線を張るべきじゃないし
構成力の無さを露呈してるだけということに。
[ 2008/01/18 00:53 ] [ 編集 ]
浦沢よりの批評だけど、いい批評だとも思った
そう理解してあげればこの作品の締めとしても報われる

最後は賛否両論
自分としては
こ、これで終わり・・・?
と思ってしまった。

ストーリーものの超長期連載の終わり方でまぁいいかな(何様w
って思えたの自体少ないのも確かだが

ただやっぱりカツマタ君はな~・・・
カツマタ君にするならうすーい伏線でもいいからどっかに入れて欲しかった。

自分の記憶だと理科室でフナの解剖すきな死んじゃった生徒ってワンシーンだけだったような・・・

まぁいいか、お疲れ様でした 次回期待!!
[ 2008/01/31 16:56 ] [ 編集 ]
このたびまとめて20世紀少年を読みカツマタくんを検索したときに
たまたまこのサイトさんを見つけ読ませて頂きました。

個人的には良い作品だったと思います。最後には作品が加速していき(まとめてコミック読めたから良いものの・・・雑誌で読むとなると・・・)

この考察でいう作品と一体感を味わうことができ浦沢ワールドにのめりこんでいたと言えます。

しかし自分はともだち二代目の正体が高須の産む子だと体外受精の話が出てきたときから信じていたので・・・なんともいえません。

ともだちの永遠の生命の解決策が体外受精にあったのではないかと思っていましたし、クローン技術や脳移植の単語もあったのでそうじゃないのかなあと思い込んでいました。科学漫画と宣言していましたしね。

結局最後まで腹の中に赤子はいましたし、ともだちはカツマタくんでした・・・

漫画としての意味を持たせる上では考察どおりカツマタくんでもよかったのかなぁと思います。

過去の人物を二代目ともだちにしないと納得できないとこもあるだろうしクローンだと作品全体がぼやけてしまいますしね。
[ 2008/02/07 03:12 ] [ 編集 ]
そうなんですよ。
ケンヂがカツマタ君といった瞬間、
「カツマタ君って誰?」でも「あぁ、カツマタ君ね」でもなく、「カツマタ君って、誰だったっけ?」と思いました。
知らないんじゃなくて、思い出せない。
「カツマタ君って、誰だったっけ?」と思った瞬間、「やられた!!!」と思いました。
これが作者の意図なんでしょうね。
おもしろかったです。
[ 2008/04/02 16:59 ] [ 編集 ]
以前NHPの番組で浦澤さんは「人間は簡単じゃない」って言っていました。

軽く読めて、作中の全てに納得できて「この作品は面白かった」と簡単に言えるような作品を書いているつもりはないのだと思います。

お金を出して作品を読んだ人は、どんな感想を言う権利もあるのだと思いますが、この作品を味わうには、
読者に力量が求められるのでしょうね。

何度読んでも新しい発見があって、読み手の成長とともに、感想もかわっていく。そんな作品なんだと思います。

それにしても、とてもいい批評が書かれていて驚きました。浦沢さんが読んだら喜ぶだろうなぁ~。
ぼんやりと感じた感想が、キチンと文章になって書かれていたので、とてもすっきり出来ました。

[ 2008/04/11 20:58 ] [ 編集 ]
「カツマタって誰?」って声が多いようですけど、
本当にちゃんと一巻から最終巻まで好きで読んでたら、「カツマタって誰?」なんて思わないはず・・・
上の方にも誰かが書いてたけど、カツマタ君ってわりとインパクトある存在だったじゃん・・・

って思いました

でも自分の場合は、コミックスをまとめ買いしてから一気に読んだので、そう思っただけかもしれませんけど。
8年間の連載で、リアルタイムで少しずつ読み進めてた読者の方の場合は、時々しか名前の出てこないカツマタ君の存在は忘れてしまってのかもしれませんね
[ 2008/04/26 14:54 ] [ 編集 ]
カツマタ君が万引きの冤罪でババァに捕まったとき、フクベエに「こんな悪いことやったんじゃ、死刑だな。お前は今日で死にました。」と言われます。
そして、おそらくこの日は「カツマタ君」が好きだった理科の実験の前日であろうと思われます。
その日のその瞬間から、「カツマタ君」というアダナと「理科実験の前日に死んだ」という話が生まれたのでしょう。
なので、「カツマタ君」というアダナは流通しても、本人が誰かはフクベエ一派しか知らないことだったので、ケンジ達は学校で彼に会っても、彼がカツマタ君と呼ばれているとは知らなかったのです。
[ 2008/04/26 18:23 ] [ 編集 ]
私の見解
カツマタ君の正体は、やはり幽霊です。フクベイはあの日理科室で、幽霊であるカツマタ君に足を引っ張られ殺されていた(これが万丈目・高須も知らない’70年のウソ)。
正確にはフクベイはカツマタ君にとりつかれた。
[ 2008/07/07 14:02 ] [ 編集 ]
>127

読み終わってから変だなー。しっくりこないなー。って思ってたけど、そう考えるのが自然かもしれませんね。

でもやっぱり、あと10巻でも続けて伏線回収してほしかった……
[ 2008/07/21 18:14 ] [ 編集 ]
カツマタ君が「ともだち」だったのは予想通り
まぁ、これは最初から読んでいた人はわかっていたはず

伏線はいくつかありましたが、一番気になるのは・・・・
少年期のフクベイがどうやって首吊り状態から脱出したのか?ということですね・・・。
これに関しては何度読み返しても、ヒントすらありません。
そもそも、これは話を進める上でなぜ必要だったのかがわかりません。
ただ単に、バーチャル世界で昔の自分を殺すため・・・ってのはありえないし・・・。

あと、未来の記憶がカツマタ君の脳内にあったのも不思議ですね。
これも説明なし。

解説サイトを転々としますが、なかなか答えには辿りつけませんね。
答えがあるとしても、読者が全然辿り着けないような難題を出すのはどうかと思いますが・・・。
[ 2008/08/03 04:27 ] [ 編集 ]
というのも各人によって解釈が異なるから。
なるほど、推理ものではないんだな、とうなずける。
一つの作品が様々に解釈されうるなんて、素晴らしい
のでは???
[ 2008/08/17 13:41 ] [ 編集 ]
あ、すみません。連投になっちゃいました。
こんなコメントあったかどうかは未確認ですが、
そもそもの名前に疑問を持ちました。
遠藤建児がケンヂだったことです。
普通健児はケンジでしょ?ま、ここまでネタバレすると
危険かもしれませんが・・・。
[ 2008/08/17 13:48 ] [ 編集 ]
そういう解釈の仕方があったんですね。
正しいかどうかはさておき、すばらしい解釈で驚きました。
コメントの二重人格説、幽霊憑依説、カツマタあだ名説もありえますね。すばらしいですね。
MONSTERのこともあったので伏線の回収は期待をしていなかった〈その理由が浦沢さんの構成力不足か、謎を残すオチが好きなのか、どちらなのかは知りませんし、興味もありませんが。〉のですが、さすがに「カツマタ君が”ともだち”です。終わり。」と言うのでは何のお話だったのかさっぱり分からなかった〈皆さんの言うようにカツマタ君が幾度となく不自然に存在を主張するので”ともだち”の正体であるとは分かりましたが、その事実を宣言されても『だから?』って感じなわけで…〉のですが、これらの解釈で納得がいきました。
ありがとうございました。

ただ、ひとつだけ納得がいかないことが。
高須のババアをぶっ殺すところまでは見届けたかった。誰が殺しても、事故で死んでも何でもいいから。

ちなみに矛盾点について
そもそも、ケンジを浦沢さんの年代に合わせて、かつ、カンナを「新世紀のヒーロー」にするために20世紀末に生まれたことにしている時点で矛盾ですよ。アラフォー世代には申し訳ないですが、40前のおっさん〈ケンジ。ちなみに独身であるのも”?”〉のお姉さん〈キリコ〉が第一子〈カンナ〉を預けるなんてちょっと無理すぎですよ。
これは構成上の問題に過ぎないですけどね。
コメントにあげられたような矛盾もありますけど、そういった矛盾も出てしまうのが、物語じゃないですか。
なんて、甘い考え方ですかね?
[ 2008/08/30 05:25 ] [ 編集 ]
私もカツマタ君???

と思ってここへ辿り着きました。

浦沢さんの真意は語られない限りわかりませんが

この解釈が本当なら、やっぱり浦沢さんは天才だなぁ

と思いました。

“コピーのコピー”="ともだち"の"ともだち"

ということですかね。
[ 2008/08/31 04:39 ] [ 編集 ]
映画観て、本読んでない者です。
ここの感想で、スッキリしました。
そして、ここに寄せるコメントの様々な意見にも感動させられました。こんなにも沢山の人を色々考えさせている20世紀少年は、良い作品なのだと改めて思いました。有難う御座います。
[ 2008/09/01 00:43 ] [ 編集 ]
つまらないに一票。オトせない大漫画家1位だと思います。思い出せない友達のことをきっかけに題材にされてもねぇ…。そんな感覚を理解したトコでなんなの?その感覚を伝えたいだけで何年も商売にしてまで書く内容じゃない。浦沢さんが手塚治虫賞じゃ手塚治虫も浮かばれないでしょう。手塚漫画は伏線ありきではなく、普遍的なメッセージがあった。要は手塚=本物、浦沢=はったりくん、でしょう。ちなみにこれだけ浦沢をこき下ろした私の最高だと思う漫画の一つは寄生獣です。浦沢漫画はつまらないとはいいませんが、心を揺さぶるものがない。これが話題になる時代か…
[ 2008/09/01 22:20 ] [ 編集 ]
>miさん

でも全部読んだんですよね?
miさんがどう思ったかは別として、最終回が自分の期待通りじゃないからといって、「つまらない漫画」と断定してしまうのはどうなんでしょう。
後、手塚治虫賞は手塚治虫と比較して貰う賞ではありません。

私は寄生獣を読んで心を揺さぶられませんでした・・・
[ 2008/09/01 23:37 ] [ 編集 ]
そう思うならそれで良いじゃないですか。別にあなたの考えを変えたいなんて思っていませんよ。感想を書いたまでです。私に反論したところで浦沢さんの面白さは私には解りませんよ。反論なら逆に浦沢漫画の魅力を伝えるべきでは?まあなんにせよ荒らすつもりもないし意見をただ綴ったまでです。ちなみに伏線の結末なんて私にはほぼどうでも良いです。伏線なんてだいたい辻褄さえ合っていれば。期待も何も、オチに普遍的なメッセージも深い想いもない。ただの伏線一杯お騒がせ漫画でしかない(モンスターも)。浦沢さんは読者に何を投げかけたのでしょう?何を伝えたいのでしょう?私には何も見いだせなかった、ただそれだけのことです。もうこの件で私は言うことも反論することもありませんのであしからず。ちなみに今後は、あなたこそ期待通りの感想を人に期待しないでくださいね。
[ 2008/09/02 00:05 ] [ 編集 ]
つまらない漫画だと思っても世間でそこそこ以上の
評価なら間隔を置いて
読んでみたらいいと思う。
10年後に読むとか。

中1に読んだときは
つまらなくても
10年後、もしくは
20年後に読んだら
おもしろく感じる
ことがあるから…。

ただ、ドラゴンヘッド
のようなハッタリ漫画
はやっぱりダメだね。
つまらない。
いわゆるハッタリ漫画、
最悪な漫画。
出現してほしくないね。

理想は60年後の高校生
の部屋の本棚にも
そこそこな比率で
存在していること。
そんな単行本がベスト。
かなり、厳しい条件。
巻数が多いと×
[ 2008/09/04 07:47 ] [ 編集 ]
フクベエのマンションにあったCDの伏線から考えると、同窓会にいたのはカツマタ?
[ 2008/09/07 00:20 ] [ 編集 ]
最終巻で『ともだち』の正体がかつまた君だった、という結末を知っても誰だっけ?ってなんだかゴールかと思いきやまた新たな迷路に迷い混んだ気分でした。
かつまた君の正体がどうしても知りたくて色々調べてたらここに辿り着きました。

人によっては、この漫画で伝えたかったことまで深~く考えている方もいたり読んでてなるほど…と思うコメントが沢山ありました。
改めて浦沢さんの"読者を引きつける力"の凄さに感動しました◎
ちなみにかつまた君の素顔もちゃんと作中に明かされていたんですね!?いましたよね?何気なく見過ごしてたとこに怪しげな人物を発見して興奮してまいました~~~。

とにかく楽しく読ませて頂きました◎
[ 2008/09/07 01:19 ] [ 編集 ]
同窓会でマルオとヨシツネの間にいる男は怪しいですよね…映画ではケンヂの同級生(藤井フミヤ)になっています。
もし、カツマタなら映画の第3部で藤井フミヤが登場するはず…
[ 2008/09/07 02:14 ] [ 編集 ]
映画を見て、原作コミックを今日読破しました。
私もカツマタくんって誰よ?ってのが感想で、悶々としていました。このサイトをみつけてすっきりです。
今夜はよく眠れそうだ。
[ 2008/09/08 00:09 ] [ 編集 ]
もやもやを言葉にしてくれて、ありがとうございます。
それぞれ自分の考えを巡らせることのできる、人間の弱さや怖さを描いた名作だと思いました。
さらっと楽しむのではなく、読み込んでこそ本当の良さがわかる漫画ですね。
[ 2008/09/08 13:51 ] [ 編集 ]
既出かもしれませんが、


”ともだち”=オウムや〇〇学会などの新興宗教
細菌   =サリン
友民党  =公明党
漫画家  =浦沢さん

として捉えると非常に酷似していることがわかります。
この漫画に出てくる漫画家のように、浦沢さんは漫画を書く事でこの日本社会に起こっている危機を読者に伝えたかったのではないでしょうか??


このことがメインだったため結論にはそれほど力を入れなかった(わざと力を入れなかった?)のではないか?という私の考えです。
[ 2008/09/09 15:44 ] [ 編集 ]
全部つながるのが凄いよね。最初からかつクンを幽霊としてだして
死んだのはいわゆる完璧な無視みたいなもので、
その原因がケンジだったんでしょ。
単行本を買って、ちょいちょい読んだときの駄目落ち的なイメージが
この前一気に読み返して雰囲気がわかったような。

あのオチがあるからあの物語の正義と悪とか仲間とかいじめとか伏線をひけるんだね。
あのオチは最初から構想されてたんだね。それをあそこまで膨らませて
おもろいんだから私はおもろいに1票!!
[ 2008/09/10 19:34 ] [ 編集 ]
コメントをどうぞ
[ 2008/09/10 20:53 ] [ 編集 ]
うん、ここを見てすっきりした人の一人ですが、やはりあの首吊り関連の伏線だけは回収してほしかった。

なんだったんだあれは?とすごく痒いところに手が届かない感じ。

実はその正義の味方こそが悪だったってのは、万引き犯をなすりつけた事に対する事だとするとカツマタ君はどうやってケンヂが万引き犯だとわかったんだろう。
[ 2008/09/13 00:53 ] [ 編集 ]
遠藤賢司(エンドウケンジ)フォークシンガー 代表曲・カレーライス
だからケンヂにしたのでは
[ 2008/09/17 10:27 ] [ 編集 ]
 コミックス全24巻をほぼ一気読みして、もう一度第1巻を読み返してみてたまげたのは、第1話に出てきた女の子がカンナで、そのシーンが第22巻の先取りだったこと。それと、終盤いきなり出てきたと思っていたコンチが、同窓会の会話の中で既に名前が挙げられていたこと。
 読み直してみて「あっ、こうだったんだ」と気がつくことの多いこと多いこと。連載当初の段階で、全体のディテールができていたとしか思えません。これはやっぱりすごい作品ですよ。確かに連載につきあっていた人は大変だったと思いますが。
 で、ここに来てまた「なるほど」と思いました。思い出せない「ともだちのともだち」か。なるほど。
 よく「伏線の回収」っていわれますが、通して読んでみてよくわからなかったところって、「1970年の理科室で、フクベエはどうなったんだ?」ということぐらいでした。それもいろいろ考えながら読み返してみると、あのあとヤマネとサダキヨに助けられ、トリックの失敗をずっと気にしていたんだな、それが「1970年の嘘」だったんだな、と想像できます。
 それよりも、あのとき理科室にいたのはサダキヨだったのか?あちこちに出てくる仮面の少年の正体は、サダキヨなのかカツマタ君なのか?いろいろと考えさせられます。それが高じて、「2000年血の大みそかまでケンヂたちと一緒に行動したフクベエも、2015年に死んだともだちも、実はカツマタ君だったんじゃないのか?」とか、「最初から最後まで黒幕はフクベエだったんじゃないか?」とか、たぶんありえないことまで妄想してしまいます。(16巻でともだちがヴァーチャル・アトラクションを体験しているシーンで、そうではなくて実はヴァーチャル・アトラクションに記憶をアップロードしているのではないかと思い、そんな考えが浮かんでしまいました。18巻で少年時代のフクベエが「絶対にやってみせるからね、世界征服と人類滅亡計画」と言っていることから、フクベエも最終的に人類滅亡を画策していたことがわかりますし。)
 作者はあえて描かないことによって、読者に考えてもらおうとしているようにも思えるんですよね。確かにケンジは最後、「おまえさ、カツマタ君だろ」とは言っていますが、カツマタ君がともだちの正体だとは言ってないわけですし。
 近いうちにもう一度読み直したいと思います。たぶん、また新しい発見があると思うので。
[ 2008/09/23 04:07 ] [ 編集 ]
ごめん、理科室の事件って1971年でしたね。「1970年の嘘」って、ともだちが万博に行ってないってことでした。理科室のトリックの失敗のことではありません。訂正しますm(__)m。
[ 2008/09/23 13:24 ] [ 編集 ]
前提として、この作品はビッグコミックでの連載でしたし、どうしても子供では難しい部分があります。
カツマタ君って誰だっけ?とか複線どうこう言っている人は、もっと本をたくさん読んで、大人になってから読み直せば、ある程度筋が見えてくるはずです。

自分で納得したほうが絶対うれしいですが、どうしても
という方だけ参考にしてください
[ 2008/09/29 00:07 ] [ 編集 ]
自分は月刊誌で連載やってるんですけど
同じ漫画家としての意見やら
いちファンとしての意見やらいろいろあります

とりあえずこのマンガで推理は無理ですね
あらすじに「ケンヂは戦死・・」とはっきり書かれていたのに
実は生きていたってことがありそこにはガッカリしました
「戦死・・?」もしくは「行方不明・・」ならアリなんですけど
ああこのマンガでやっぱり推理は無理と思いましたね


自分が思うに
・ともだちの正体は誰なのか、と
・世界の危機を救う
というふたつのことに登場人物達は奔走して
一所懸命頑張っているわけです
そして愛読者ならその部分にも共感しながら読んでいたと思うんです
自分もそうです。ドキドキハラハラしながら読んでました
その登場人物達が何度も危険に晒されて時には命を落としながら
必死に追い求めた
いわば物語の「核」であるともだちの正体ってのが
怪談話でしか登場しない顔すらでないカツマタではがっかりするのも
当たり前な訳です
そして読めば読むほど矛盾点や描写不足が目立つわけです
・フクベエが世界を破壊するというとんでもないことをしでかした理由
・カツマタ君がケンヂに恨みをもっているという部分で
 万引き犯にしたてあげられたという小さすぎる理由。
・その割には自殺を止めてともだちにならないかと誘っている
・ケンヂが万引き犯であるということを知ったという描写なし
・今までともだちはサダキヨとフクベエしかいなかったのに
 24巻あたりから突然もうひとりの友達が出てきてしまって
 辻褄あわせようとしてる部分(もうひとりの友達がいたという
 部分がそれ以前に何もなさ過ぎる。)
・さんざん引っ張った理科室の真実とは?
他にもありますが省略。
それらの矛盾点を後半いきなり
「子供のころの記憶は曖昧じゃない?」とケロヨンとマルオが言い出し
更には「これはヴァーチャルアトラクションだから」
という部分に逃げちゃってるんですよね
後半の重要な情報がヴァーチャルリアリティ内で語られるんですけど
結局ヴァーチャルアトラクションは現実ではないし
実際ともだちはその中で嘘をつくことができた。
その世界内で情報が出ても不確定でしかないんですよね
だからスッキリしない。

いろんな描写不足も大漫画家の浦澤先生だから
「きっとあえて描かないんだ」とか好意的な
解釈をされる方もおられるようですが
そういう作者に対する「イメージ」だとか「有名漫画家だから」
という固定観念や脳内補正でブレてしまわないで
純粋にこの作品を読んでいくとやっぱり描写不足やらアラが目立ちますね

大体連載中も突然第一部完と出て半年後に新春新章開始!!
ってのもファンをコケにしてますよ
読めば読むほどアラが出てきてしまう。
正直まとめきれてないなと思う部分は多々ありますが
展開だとか魅せ方がズバ抜けててありあまる魅力があるからやっぱり面白い
作品ですよ
[ 2008/09/30 03:22 ] [ 編集 ]
ここの語りをみてちょっと納得した部分もあったけど、もやもやした気分は晴れない…。

一回しか読んでないけど、最終回は正直??。

ここを見たからいいけど、見なかったらよくわからない漫画で片付けちゃったかもしれない。
[ 2008/10/08 22:03 ] [ 編集 ]
まあ、有体に言って駄作ですね。人間が全く人間らしく行動しない。これだけ長い尺を取ったのに、場当たり的な辻褄あわせのためだけに、敵になったり、味方になったり。最後は陳腐な洗脳ものになってしまったエヴァ好きにはいいんじゃないでしょうか?どんな駄作でも、良いと言い続けられるんですから。
[ 2008/10/15 23:43 ] [ 編集 ]
たぶんコンチぢゃない

パンフレット買ったけどコンチだけ大人になった時の名前が書いてない

そしてコンチは子供時代の役者さんの名前しか書いてない

大人になった時の役者さんの名前もパンフレット書いてない

数えたりよくみたりしましたけど


長いので次はみないです
[ 2008/10/18 18:09 ] [ 編集 ]
私は、14巻ぐらいまでをコミックで発売されるたびに読んでいました。
しばし漫画から離れた時期があり、
1ヶ月ほど前に1日で一気に最終巻まで読みきりました。
その瞬間見事に、「カツマタって誰??」って思いました。
そして考えるほどにモヤモヤしていました・・・

今日はじめてこちらのブログを拝見して、ちょっとすっきりしました。ありがとうございました。
カツマタ君は、最後にケンヂに思い出してもらえて良かった。ともだちでない本当の自分が存在していることを指摘されて、最期には笑ってたのかな・・・?

それで良かったんだと思いました。

ユキジも幸せになりますように!


私はマスター・キートンで浦沢先生のファンになりました。
モーニングで先生の新作がはじまりましたが、また違った切り口で楽しませてもらえそうです。
[ 2008/10/23 17:02 ] [ 編集 ]
私は最後まで読んで、「へぇ~!」という感じで終れたので、掲示板等を見て、みんなからのクレーム?が書かれていることに逆におどろきました。
元々推理して答えにたどりつけるようなマンガではないような気がしていたので、推理して読むよりも、ただ見ているほうが面白いなと思い、一気に単行本を読破しました。
まだ一回しか読んでいないので、もう一度読もうと思っていますが、この文章を読んで、結構スッキリしました!
まさに思惑通りな気がしました^^
ただ、カツマタくんの顔だけは最後まで一度も出ていないと思います。
それだけが気味が悪くて怖かったです^^;

[ 2008/11/17 17:09 ] [ 編集 ]
稚拙ながら、皆さんの疑問に私の推理でお答えしたいとおもいます。

・未来の映像をカツマタ君が見たのはなぜ?という疑問
→これは、カツマタ君には予知能力があったからです。
自分で自分の末路を予知してしまったのです。
彼の予知能力のエピソードもありますよ。
A:カツマタが書いた「しんよげんの書」の内容
カンナが新宿の教会で集会を開くという事を予知していた。こんなことは予知能力でもなければわかるはずがない
B:少年時代、ヤマネがフクベエを殺す、ということを予知。
などなど。他にもあったかも?

・フクベエが世界を破壊するというとんでもないことをしでかした理由
→フクベエは子供のころからとんでもなく虚栄心の強いヤツだった。色々理由があっただろう。例えば、クラス中のスプーンを曲げたのに、誰にも気づいてもらえなかったこと。テレビで超能力を披露する予定が、インチキがばれ、逆にいじめられたこと。などなど。
それなら世界を征服してやれと。で、一部の自分に従順な人間だけの世界にしてやれと。
でももっと世界滅亡の欲望が強かったのはカツマタでしょうね。世の中から「いない存在」にされたんですから。

・カツマタ君がケンヂに恨みをもっているという部分で
 万引き犯にしたてあげられたという小さすぎる理由。
→うーん、でも子どもにとってはものすごいトラウマになると思いますよ。小さすぎるとは思えないと思います。
みんなの前でさらしものになり、「おまえは死にました」宣言をされたら、相当ダメージですよね。
しかも、その前から自分のことを認知してくれる人なんていなかったし。
あの事件によって、カツマタは、決定的に「いない人間」とされてしまったのです。
ま、その恨みを大人になってまで持続するのは確かに現実的じゃないですけど、そばには自分よりワンランク恨みのレベルが低いフクベエがいた。彼の希望はどちらかというと「世界征服」。カツマタは「滅亡」して欲しかったんだけど、とにかくフクベエの恨みがすぐそばにあったから、カツマタもその恨みを持続させられたのではないでしょうか。

・その割には自殺を止めてともだちにならないかと誘っている
→カツマタとしては、ケンジに「万引きは自分がやった」と謝ってくれさえれば、中学時代、自殺を企てたのを、ケンジがT-REXをかけて思いとどまらせてくれた人ですから、本音は友達になりたかったのだと思います。
だからあれは、カツマタがケンジだけに用意したVA内のオマケだったのだと思います

・ケンヂが万引き犯であるということを知ったという描写なし
→確かにこれに関しては、具体的な描写はないですね。私の想像では、カツマタは予知能力を持っていましたから、そういった能力関係で知ったのかな、とは思いましたが・・・

・今までともだちはサダキヨとフクベエしかいなかったのに
 24巻あたりから突然もうひとりの友達が出てきてしまって
 辻褄あわせようとしてる部分(もうひとりの友達がいたという
 部分がそれ以前に何もなさ過ぎる。)
→これは、よく読めばそんな事がないのがわかると思いますが・・・もっと注意深く読めば見つかると思います。
確かに後半に入ってからですが、キリコがサダキヨ以外のもうひとりのナショナルキッドを明確に認識してます。
後は、長髪のおとこ(総統とか呼ばれていた)が、ともだちと接見して、キリコの婚約者を殺す指示をした時、「あなたこの前と同じ人?」と疑問を持っています。
とにかく「辻褄を合せようとしていた」は大きな間違いです(笑)。最初から浦澤さんは意図的に描写しなかったんですよ、もちろん。

確かにマンガにしてはエラく難解な部分がかなりありますが、だからこそ面白いといえるし、すごい作品だと言えると思います。
軽く読んでも、深く読んでも面白い、という所がこのマンガのスゴイ所ですよね。

浦澤さんは本当の意味での天才だと思います!



[ 2008/11/22 14:33 ] [ 編集 ]
さっき全巻読み終えたのですが、わたしは面白いと思いました。

カツマタくんも、第一巻から登場してますし。



エンディングの部分も、

その日、「20世紀少年」を放送して世界を変えようとしたケンヂ、

その日、自分の世界を終わらせようとしたカツマタ君


ケンヂのかけた「20世紀少年」には、全校生徒の誰も気づかなかった。でも、それはカツマタ君を救った。

自分を「死んだこと」にした原因であるケンヂにより、救われたカツマタ君。


わたしは、この日からこのストーリーは始まったのかなと思います。


だから「終わりの始まり」なのかな。
[ 2008/11/23 13:06 ] [ 編集 ]
今読み終えました。自分はとてもおもしろかったと思う。
カツマタ君は、いっきに読んだので覚えてたけど、えっ?って思った。
ここの解説には納得したけど。
子供は、怖いぐらい純粋だと思った。自分も過去を振り返ると何かしら怖い。
[ 2009/01/15 08:12 ] [ 編集 ]
ケンヂは、本当に戦死していて
あれはケンヂじゃない
[ 2009/01/15 20:46 ] [ 編集 ]
「20世紀少年」及び「21世紀少年」を読破しましたが……
うん、面白かった…!

浦澤先生の作品は、みんな、考察欲を掻き立てられるものが多いかな、と。
(『MASTERキートン』、『MONSTER』に、この作品もメモ帳に考察文がたくさん)

『伏線は回収されなければならない』
『回収できない伏線は張ってはならない』ってのは、
何だか面白くない見方だと思います。

「伏線回収しろ。分からん。何があったんだよ。」っていう
意見よりは、多くの考察サイト様が
「理科室の真相はこうじゃないか!?」と推理しているのを
見るほうが遥かに有意義、面白い。
ここもそのひとつで。

賛否両論あって、好き嫌いも人それぞれでしょうけど、
僕はこの作品、大好きです。

カツマタ君に対する「誰だっけ…?」という感情。
これを漫画で生み出せたことが、既に凄いことかと。

現実に何も影響を与えない、仮想現実の世界を都合よく使っている、っていうのは
ちょっと反論したいところです。

ともだち博物館やら、万博会場の周りに再現された街やら。ともだちは、“あの時代”を作ることに固執した。
(ここらへんは『クレヨンしんちゃん オトナ帝国の逆襲』を見ると面白くなってくるところかと思います。)

ケンヂの「遊びはもう終わりだ」という発言からも分かる通り、
ともだちは、当時の幼さを備えたまま成長し、固執する性質が伺えます。
(サダキヨも幼児性を保ったままでしたね)

そして、“あの頃”を保存するために作った最たるものこそ、あの仮想現実だったのでしょう。

その仮想現実ですら、“彼”は忘れられ、仮面を剥がせば、そこはのっぺらぼう。
(理科室に行く道中にて、『もう一人見えた』という台詞がありましたが、
その一人も、もしかしたら…?)

「自分を気付いてほしい」のに、「自分を隠す」、そしてケンヂ達に自分を明かさせる。
それこそが、“彼”の遊びであり、そのおもちゃ箱にされたのが仮想現実だったのでは?

“彼”が死んだ後、しなければいけなかったこと。
それは何度もケンヂが行っている通り、「遊びを終わらせる」こと。
“彼”の奇妙なかくれんぼを終わらせるために必要だったのは、“彼を見つける”ことだった…と
考えています。

(コンチの回想にて、かくれんぼで見つけられず置いてけぼりにされたコンチをケンヂが見つけるシーンがあります。
かくれんぼを終わらせるには、見つけなければならない)

“彼”のかくれんぼの面白いところは、“自分を見つけて欲しい=遊びを終わらせて欲しい”という
目的が見え隠れしていたところ。
“彼”の目的は“遊びをずっと続ける”ことなのだけども、それは“自分が見つけられない”ことを示します。

彼の最期、ケンヂがマスクを外そうとすると、彼は“遊びが終わってしまう”と言います。
マスクの下にはフクベエの顔。それにて、ケンヂ達は「フクベエだ」と納得する事もできたし、
「整形だ。分からない。」と諦める事もできた。

どのみち、“彼”が言うように『遊びは終わるはず』だったのです。

しかし、彼のおもちゃ箱である仮想現実にケンヂは向かい、“彼を見つける=遊びを終わらせる”を実行します。

それこそが仮想現実に向かった理由なのかなぁ…と、勝手に思ってます。
[ 2009/01/17 02:10 ] [ 編集 ]
そろそろDVDと続編が出るはずだけど、どうなってるんだろ?って
色々検索していたら、ここに辿り着いた次第です
カツマタに関して、やはりここも色々な意見が交わされていたようですが
自分なりの結論として
推理物と思わせて読者を引っぱってきたが、実はそうじゃなかった大どんでん返し作品
なんだか変な言い方だけど
恋愛ものとして読んでいたが、実はコメディー作品だった
もう一回読み直していったら、なるほど、これコメディーだったんだみたいな
今まで見た事無い、ある意味推理もの
そして、なるほどと一応の結論は自分で出ているのではあるが、まとまっていない
人にこのマンガを説明せよ、となると凄く難しい

人には、色んな材料をベースに組み立てて、自分の意見を造り上げる人と
人の意見をコピーしてるだけで、それを自分の意見と勘違いしている人と
2種類の人間がいると自分自身考え思って来た事なのだけど
このマンガを肯定した人と否定している人って、これで結構きれいに分類できるんじゃないかと思いました
コピーした意見は、たんに面積だけの2次元の世界で
その面積を組み立て3次元の世界を構築していくのが、意見を造り上げる3Dのようなもので
このマンガは、今まで2次元の世界しかなかったものを、3次元の3Dのような造り方ではないかと思えてきた

このマンガに関しては掲示板やらあちこちに、自分も色々書いてきた歴史があるけど
3D製作のような、上から前から横からと形が違う面を見つけては、新しい発見し
マテリアルの変化によって、こんな姿になっちゃうの?
カメラ位置の違いで、こんな一面の発見
アニメーションしたら、こんな動きあんな動きの楽しさ
などの、その都度、違う行程の立場として書いてきたような感じがして、3Dという表現をしてみましたが
自分で書いていて、分からなくなってくる、もどかしさも常に付随している
文章という2Dの世界では、表現できないものなのかもしれない
[ 2009/01/19 02:21 ] [ 編集 ]
駄作とは思わないけれど、傑作ってのもどうかと。
あれだけ話を広げて、伏線も張って話を進めてきたからこそ、みんな「いったいどうなるんだ!?」と興味をそそられて読み続けてきたわけで。
「伏線が全部回収されてすべて納得いく結末」の期待でわくわくしていたわけでしょ。
凡人では想像がつかないけれど、そんな複雑な方程式を解くようなことがあったら、これは歴史に残る傑作だぞ!という予感で、みんなが目を輝かせた。

で、終わってみれば結局多くの伏線は回収されず、大きく広がった話は収束しないまま。
歴史に残る傑作だぞ!という予感は消えていく。

それでも面白かったんだからいいじゃない、という意見はそれはそれでアリだと思うけど、膨らませまくった期待は確実に裏切ってる。

たとえ話でいうと、オークションで入札価格が1億円までつりあがったと聞いて興奮したのに、落札価格は1千万円でした、って感じ。
1千万円だってものすごい価格じゃないかといわれればそのとおりだけど、だったら1億円に見せかけないでよ。そんな感じです。
[ 2009/01/21 20:14 ] [ 編集 ]
あああああああああああああああ


ムシャクシャする
[ 2009/01/31 17:41 ] [ 編集 ]
2015ねん
しんじゅくの
きょうかいで
きゅうせいしゅはせいぎの
ためにたちあがるが
あんさつされてしまうだろう
ばんぱくばんざい
ばんぱくばんざい
じんるいの
しんぽとちょうわ

色付きの文字色付きの文字下線の文
[ 2009/02/03 12:57 ] [ 編集 ]
20世紀少年の評価は概ね良とする方が多いように感じられますが、普通以上に極端に大きく分かれてもいるようです。良とする方は物語の世界観、絵の質など理由は色々ですが、否とする方は多くの伏線を張りながらそれらを解決することなく放棄したまま物語を終わらせたことに集中してます。言い方を変えれば、それさえ解決すれば良い作品として評価されるだろうし、あるいはそれだけで作品を否定されるほどの重大な瑕疵であるともいえます。何故それがそれ程重大な瑕疵なのでしょうか。その瑕疵が物語の肝といえる部分に関わっているからでしょう。何故それ程重大な瑕疵を放置したのか。それは瑕疵がそれ程修復が困難であるともいえるからでしょう。
物語には色々なジャンルがありますがそれぞれ肝といえるものが有ります。ここでの議論も作品のジャンルとテーマで争っている面もありますね。物語の背骨といえるジャンルやハートといえるテーマが議論を呼んでしまうほど曖昧な作品だという事でしょうね。私が受ける印象ですが、作者は大まかなボーっとした構想だけで出発して後は行き当たりばったり、その場限りの辻褄あわせだけで書いただけで特にジャンルやテーマなど考えていなかったのではないでしょうか。ただ、作者の意図とは別に読者の多くがサスペンスと受け取っているのできちんとしたメッセージを出さなかった作者にその責任はあるでしょう。
例えばメロドラマならすれ違い、SFなら技術、近未来なら世界観、サスペンスなら緊張感、謎解きなら謎そのもの、スプラッターなら恐怖などです。多くは一つの物語がそれらを少しづつ持ちながら中心となるジャンルを持つという形をとります。
私的には20世紀少年はジャンル的にサーガ中心にサスペンスと謎解きの面も持ち、それに纏わる謎解きが肝であり、そこに近未来の味付けとなっています。サーガであるから当然登場人物の歴史と物語り全体の時間軸、つまり登場人物個々の歴史に沿ったイベント(伏線)と物語り全体の時間軸に沿ったイベント(主軸)が織り成す物語といえます。しかしこの物語の場合は多くの伏線となるイベントをその場の都合で場当たり的に発生させるだけで、花火のような点として存在するのみなので登場人物個々の歴史が不完全で歴史(伏線)として成り立っていなません。従って物語全体が線状の時間軸として成り立たないのでサーガとして完成していないし、物語の多くの謎が放置されたままになったので、サスペンス・謎解きとしても肝といえる謎解きが完成していません。
これらが批判的な人々の神経に障るのでしょう。主人公ケンヂが消えてから物語の終わり頃に現れて、記憶喪失の一言で済まされては物語とはいえません。ただ、これを修正するには物語りそのものをもう一つ創る必要が有るでしょう。これは手に負えませんね。逆に"外伝"として書けばもう一商売できるでしょう。
テーマも相当好い加減で、私も「少年の成長」と云う意見に賛成ですが、作品としては評価できません。少年の成長なら少年期のフクベエとカツマタのトラウマと成長に対する影響が描かれなければなりません。普通少年少女は思春期を境に子供の自分を置いて大人へと成長するものですがフクベエとカツマタはトラウマを引き摺ったまま大人になり、“ともだち”になってしまったのですが何故引き摺ったか。その経緯に全く触れていません。ネタバレを回避するならせめてフラッシュバックでも出来た筈です。“聖母”&“運命の子の母”と云う主役以上に重要なキリコがなぜ弟の交通事故程度で受験を諦めたか、高卒のキリコが如何に、何時、医師資格を取れたか、そしてその資金源は。キリコは何故入籍もせず、非嫡出子(カンナは遠藤姓のまま)の子供を産んだのかなども思春期に形成された性格に遠因があるかもしれません。登場人物たちの思春期を描かなければ少年の成長と云うテーマは成り立ちません。多分作者はそんな事考えずに、その場その場の感覚だけでストーリーを展開しただけではないでしょうか。
作者の感性と着想は素晴らしいものがあります。しかし全く読者の存在に対して誠意のない作品だと思います。
[ 2009/02/07 14:56 ] [ 編集 ]
世の作品の多くは、何かのジャンルに分けることが出来るでしょう。
そして、ジャンルという枠に入れることによって、そのジャンルを好むファンに
作品を売り込むことが出来る。

でも、ジャンルは必然性のあるものなのか?
それは違うかと思います。

「20世紀少年」は、非常に多くの要素が詰まっています。
一口に「サスペンス」やら「SF」などのジャンルで語ることなど出来やしない。

一読者として言えば、読んでいる最中に、そんな下らない“枠”など
意識した事も無かった。

少なくとも、僕が作品に求めるのは『面白いもの』で、
それは多くの人にもいえるのではないでしょうか?

作品をジャンルの観点から語るのはナンセンス。

浦澤直樹さんが、この作品のタイトルを「ともだちマーク」にしようとしていた、
という逸話があります。
つまり、「何と読むのか分からない」マークが、作品の題名なわけです。
(出版の関係で断られてしまったそうですが)

“枠に捉われない作品”。
作者は、最初から一貫してそれを描いています。
そして、その試みは成功している。

20世紀少年は、ジャンルに捉われない作品です。
それゆえの面白さがある。


残された謎は、僕個人としては嬉しいものです。
謎に挑み、考察を立て、想像を働かせる事ができる。
「作品で謎が解けなかった→駄目」なんていう思考停止は
コンクリの塊にだって出来るんですからね。
[ 2009/02/07 23:57 ] [ 編集 ]
>チャイポンさん
「枠はいらない」と考える人を私は否定しません。しかしジャンルを気にしている人も多いです。それに関しては多くの議論がここでもされています。私もその議論に触発されただけですが。チャイポンさんも他の読者の考え方を否定しないで頂きたいと思います。違う意見は違う意見で良いじゃないですか。自分と違う考え方を「下らない」とか「思考停止」と決め付けるのは如何なものでしょうか。それに違う考え方を持つ人間を「コンクリの塊」に例えるのも如何なものでしょう。私はあくまで自分が購入して通読した作品に対する私なりの批評をしているのであって、その作品を愛する人達を否定している訳ではありませんし、私の考えを受け入れるように他の人に要求しているわけでもありません。人は好き好き、十人十色で良いじゃないですか。
[ 2009/02/08 01:47 ] [ 編集 ]
自分はここのサイトを全部読んで
あぁ~と
納得する事が多かったです。

自分ひとりでは辿り着けなかったけど、
納得のいく説にも出会えました。

カツマタ=捕まった 然り
ケンヂ=あだ名   然り
『おわりのはじまり』の意味 然り

伏線を回収しなかったのは、
浦澤先生が出したいくつかのテーマに対して
敢えていろんな解釈をして欲しかったっていう
考え方もあるんじゃないかと。

ここのサイトなんかはまさにそういった人たちの
交流の場であるという。

敢えて答えをひとつにしないで、
自分なりの答えを導く事もこの作品の楽しみ方だと
思います。


でもまぁ、『ともだちのともだち』と存在に
何も感じない人にはちょっと合わないテーマだったんでしょうね。






[ 2009/02/08 22:46 ] [ 編集 ]
>bulz_iさん

僕の投稿が他人の意見を否定しているように見えたなら
それは『非常に残念な』ことです。

他人の不可侵領域な主張を侵す事など、出来やしない、
ってのはネットでの暗黙の了解だった気がしますが。
まぁ、僕の文の端々が強すぎたのは謝ります。

『下らない』やら『思考停止』は、僕の主観による意見です。
それは誰かの主張を否定するためではなく、
僕の主張だから、それこそ誰にも否定できない。

一つの作品があれば、そこに百の批評、千の好みがあるでしょう。
それを否定しようなど、愚の骨頂です。

あなたが『否定された』ように感じるなら、それもまた一意見。
僕はそれを心得て、鋭利な言葉を丸く丸くしていきましょう。

『思考停止はコンクリの塊だって出来る』。
別にこれは、誰かを揶揄していったわけではないのですが……。

僕の『思考停止なんていうコンクリの塊でも出来る真似はしません』という
宣言を、誰かへの批判へと捉えられていただいたこと、本当にありがとうございました。


『20世紀少年』という作品は、賛否両論を生んだ作品です。
そして、その賛否の議論の中から様々な主張・解釈が生まれ、
この作品を、より面白いものにしてくれました。

賛否が生まれ、解釈が生まれ、議論される。
これだけで、『20世紀少年』の試みは成功していると考えています。
友達の考察合戦が本当に面白い作品でした。

つまり、たとえ暴論であれ屁理屈であれ、様々な解釈を生まれることで、
この作品はまた違った視点を見せる。

作品の完結で終わらない、全24巻を使って遊ぶ無限のおもちゃ箱。
事実、考察サイトを拝見させていただくと、面白くて仕方がない。

『双子説』然り、『つかまた説』然り。
思考を巡らせることで、この作品は面白くなっていく。

ならば、思考停止など愚の骨頂。
『面白いから、考える』、『考え続ける』。
想像力は無限ですし、使って減るもんじゃない。

別に作品を読み、楽しみ、終わってもいいんです。
そういう楽しみ方を、僕は否定しない。

でも、『読み解く』なら、思考停止は許されない。
考えて考えて、主張する。
『面白い』『つまらない』などの好みの主張はともかく、
『伏線が回収されてない』とかの主張は、考えてから主張すべきもの。

その結果、『されてる』『されてない』、どちらの主張になっても別にいい。
問題は『思考を巡らせたかどうか。』

何も考えずに『伏線は?』なんて主張したって、愚痴にしかすぎない。

簡単に言うと、
『カツマタ君って誰?名前初出じゃん、ふざけんなんよ』ってヤツに
『よく読めよ』ってことだけなんですけどね。
別に初出だという勘違いは許されるけど、主張するなら慎重に、考えて。

僕はまだまだ考察します。
そして、映画の影響で増えるであろう考察サイトを楽しみにしています。
まだまだ「20世紀少年」は楽しめますからね。
[ 2009/02/09 02:16 ] [ 編集 ]
単行本を一気に読みました。
確かに多少気になる部分は残ってましたが大筋で面白いとは思いました。
一気に読んだのでラストはやっぱりカツマタ君かと思いました。
個人的には初期ともだちがカツマタ君ではないかと思ってましたが。

ただ、後半ヴァーチャルアトラクションを使いすぎてる感がありました。
あの中だとほぼ何でもありなので辻褄を合わせるために
無理やり使われていたような感じがします。
あと、途中のコメントでも書かれていましたが万丈目なんかは機器を外して
会話した後に殺されてるのに何故か思念が残っていたりとか。
未来の話なんで科学技術も進んでいて一旦入った思念とかも
記憶し反映されているとか言われればそれまでですけど・・・
[ 2009/02/12 02:16 ] [ 編集 ]
感想読ませて頂きました。
ラスト数ページに明かされる真実、「お前、カツマタ君だろ」。読んだ当時は自分も「なんじゃそりゃ?」と思いましたが、ここの感想をみて少し納得しました。
(管理人さんをヨイショするわけじゃないですけど(笑))
ネット上の感想などは批判的な声が多いですが、
このページはそれがなく、気がめなくスラスラと読めました。

また、「ともだちの正体がカツマタ君」という答えを知ってから1巻から読み直すのも、違った視点で見れて
面白いんではと思いました。
[ 2009/02/14 08:22 ] [ 編集 ]
先ほど21世紀少年読み終わったのですが、納得行かない…というより、理解できなくて色んな方のブログや見解を見ていました。

なんでカツマタくん!?
てゆーかカツマタくんって誰!?
って。

でもここに来てやっとスッキリしました!
一番わかりやすくて、納得のいく見解でした(^^)
カツマタくんの存在を思い出せなかったあたしも作者の意図にまんまとはまったんだなぁと。笑

読ませていただきありがとうございました!
[ 2009/03/22 19:36 ] [ 編集 ]
フクベエの家族って3人家族ですが その構成はどうなってるとおもいますか?
フクベエとお父さんがいるのは確定 後一人はあの家に誰が住んでいたと考えられますか?

根拠もあわせて答えられる方 お願いいたします。
フクベエ一家の謎が解きたいので、情報をお願いいたします

あともうひとつ、最終話で飛び降りようとしていたカツマタ
が少年ケンヂに「僕と”ともだち”になってくれる?」と
聞いています。
友達ではなくて将来ケンヂと二人で”ともだち”になろうとしたのもすごいですね。つまり”ともだち”の正体が
カツマタとケンヂになっていた可能性もあったんです。
 でも仮にそうなっても最終的にはケンヂはカツマタの
影武者になっていたでしょうね。フクベエと同じ様に先に
死んでしまうでしょう


あと、実際あのころに映画実写版で公開された忍者ハットリ君は二人いて、ダブルキャストで入れ替わって製作されていたそうですね。この漫画の”ともだち”のように・・・

 
[ 2009/04/20 00:24 ] [ 編集 ]
反陽子爆弾で人類が滅亡する。
[ 2009/04/27 20:20 ] [ 編集 ]
最後にともだちの正体がカツマタ君ってなってさ、それでいいんだ!伏線なんて関係ないんだ!逆に答えを求めようとする行為の方がおかしいんだ!

って人はきっと、もしともだちの正体がわからないまま作品が終わっていたとしても

ともだちの正体はわからなくていいんだ!それを自分たちの中で考えるのがいいんだ!逆に誰かなんて答えを求めようとする行為の方がおかしいんだ!

なんて言うんでしょw?

理解をすることを放棄する生き方をするのを人に強いないでください。


この作品になくてエヴァにあるものは

「研究すれば納得できる解がいくつかある点」だよ。

どうしてカツマタ君だったのか?

これに対して納得するための根拠が明らかに少ない。

こんな少ないヒントで納得しろだなんて明らかに読者に対する無茶振り。

その無茶振りってことに気づきもしない人間は、ストレスが少ないんだろうからうらやましいよ
[ 2009/07/09 15:03 ] [ 編集 ]
カツマタくんってかわいそう
[ 2009/07/22 14:02 ] [ 編集 ]
ジャンル関係ないって言っても当人たちが「本格科学冒険漫画」って銘打っているよね。漫画の部分は正しいけど科学とか冒険のジャンルには入らないよね。ウィルスと細菌を混同して、その毒性も感染力も管理方法も好い加減だし、ロボットも科学的に描かれて無いし冒険もストーリーがボロボロだし、主人公が華々しく爆発の中で消えて後になって記憶喪失で行方不明でしたって言われても。で記憶が戻ったのならどういう風に戻ったのとか最低限書くことあるだろう。結果だけ「記憶が戻りました」じゃ話にならないよね。
大体、物語のキー・ファクター、肝心の聖母キリコは何時どうやって微生物学者になったのよ。最終学歴が高卒で酒屋の店番をしていたんだよね。医者になったのも何時どうやって、金もどうやって工面したのよ。留学したなら相当金も掛かるし、時間も掛かるし、外国語できなけりゃいけないし、高卒じゃ無理だろうし。それに、医者の資格が有るなら何で酒屋の店先で水なんか撒いているんだよ。
結果だけ「ガインデ大学病院レジデント終了証所有(だから医者です)」といわれても飲み屋で飲んでも居ないのにいきなり空瓶見せられて「はい、オアイソ」って言われるようなもんだよ。
[ 2009/07/23 16:25 ] [ 編集 ]
皆さんの意見と議論、大変面白く拝読いたしました。とくに管理人さんの熱意には、こうした読者を持つことは作家にとって大変幸せだろうなと感心させられました。

私も『20世紀少年』『21世紀少年』を引き込まれつつ読み、途中何度も涙しましたが(涙もろいもので)、ですが、一つだけ気になる点があるのです。
というのは、やはり、浦沢さんというマンガ家は、あまりに「売れる」ことに重点を置きすぎていないか、という点です。

プロのマンガ家なんだから当たり前だろうという意見もおありでしょうが、しかし、この「売れる」ことに力を割きすぎることが、彼のマンガの本当に面白いものからそのあるべき場所を奪うことになっているのだとしたら、やはり問題ではないかと思うのです。
『20(21)世紀少年』で私が感心させられた作者の着想とは、管理人さんが書かれているとおり、存在を忘れられた友人というものです。いじめたものはいじめたことを忘れている、このことは作品の初期から出てくる見解でもありますね。存在を忘れられた友人に対して感じるある種の恐怖のようなもの(あるいは不安)は、実は、自分が何をしたか覚えていないことの恐怖でもあるということ、言い換えれば、自分がかつて何をしてしまったのかを忘れているということの恐怖です。(ヤン坊マー坊はこの感覚に対してまったく鈍感であり続けるわけですが。)この不安な感覚は、『20(21)世紀少年』の一つのテーマですね。十全な正義という自己欺瞞への批判です。とは言え、このテーマが存分に描かれたかと言えば、そうは思えません。こうした判断は、他のマンガや文学作品や映画作品などと比べて為される判断ですから、「私には」面白かったといった主観で処理できる次元にはありません。
また、オウム事件などで話題になった新興宗教の問題に一見言及しているようでありながら、それがあたかも「イジメ」の問題に過ぎないかのように描かれているところも納得できません。新興宗教とファシズムが一緒くたになっている点についても、作者の見識を疑わせるものがあります。それはむしろ世間一般の偏見を助長するだけのものに留まっており、そのメカニズムを分析、批判するに至っていない点には落胆すら覚えました。
こうした事柄を描くための場所を、読者を惹きつけ続けるためのギミックに割いているのだとしたら、やはり、この作品を名作・傑作と呼ぶことはできないと思うのです。

読者を惹きつけ続けるとは、ここでは、売れる、ということに過ぎません。
作者はこのマンガを推理漫画ではないと断言したそうですが、それは推理漫画というだけではないという意味に過ぎず、『20(21)世紀少年』が推理漫画(サスペンス)でもあることは否定しようがありません。カツマタ君が「ともだち」であることは、後半を読めば誰でも推察できることですが、というのも、その必然性はともかくとして、単に、名前の出てきた人物で残されているのが「カツマタ君」しかいないからです。つまり、立派に推理小説の初歩的なルール(作中に出てこない人物を犯人にしてはならない)に則っているわけす。ですが、このサスペンスは、サスペンスとしては良い出来ではありません。したがって、読者を惹きつけ続けるためのギミックの目的は、「売れる」ことにしかないのではないかと、結論づけざるを得ません。

「売れる」ために、作品の大事な感性を殺しても良いのでしょうか?『20(21)世紀少年』を読み終えて感じる最大の矛盾です。
[ 2009/07/24 02:50 ] [ 編集 ]
私は2つのことを感じています。
1つは、ものすごくスゴいマンガだということ。
長い間にわたり、とてつもなく多くの読者に読まれてきました。
「ともだちは誰か」を主軸に大小さまざまな謎や疑問がちりばめられ、登場人物の人間関係や魅力ある人物描写はすばらしい。
謎や疑問の解明、果てには作品の「好き嫌い」、「納得できる、出来ない」にいたるまで、さまざまなレベルで解釈や賛否について、これまたとてつもなく多くの読者あるいは映画の視聴者によって意見交換されているという反響や関心の高さがある。

2つ目は、私は「納得できない派」だということ。
理屈ではありません。作品をグイグイと引っ張ってきた、ストーリーの主題である「ともだちは誰か」という結論の出し方に納得できません。
よって、途中は夢中になっていたものが、その反動もあるのでしょうが、最後にはこのマンガに失望してしまいました。
それは、ともだちがフクベエとカツマタだったからではありません。

かなりはしょった例え話をすると、
町中で大量殺人が起こって、その罪を自分になすり付けてきた真犯人は、実は向かいに住む幼なじみのおじさんだった。
向かいのおじさんが死んだあとは、話の中では極端に影が薄くされてしまった隣に住むおじさんが大量殺人を引き継いだ。
多くの場面ですでに死んだことになっていたりして、「魅力ある多くの登場人物」とかけ離れた存在の隣のおじさんが死んでわかったことは、向かいのおじさんと隣のおじさんは顔がいっしょだった。
何じゃこりゃ、という気分です。

心酔している方や、熱心に謎解きや緻密な解釈に取り組んでおられる方は立派だと思います。
そのような方々の意見を大いに参考にさせていただきましたし、私のマンガ解釈に役立たせていただきました。
感謝しています。
たくさんの手助けをいただき、さまざまな疑問の答えを携えながら気合いを入れて最初から読み返すのですが、読み終えるとやっぱりがっかりしてしまいます。
終わりに近づくまでワクワクする筋立てや魅力ある人物への興味は尽きませんが、結末ではそのどちらもしぼんでしまいました。

紙面で解決に至っていない伏線が多いことにはいく分イライラしていますが、ここまで大きく事件、出来事を広げてきた作品ですから仕方のないことだと思います。
この物語に、こと細かな辻つま合わせや、よく出来た推理小説にある緻密で論理に偏った回答を求めてはいません。
むしろ超能力や予言、VAなどといった一見して非科学的と指摘されそうな面も私はストレートに受け入れることが出来ます。
本の一部に「死んだ」と明言されていたケンヂが実は生きていた、っていうのもOKです。十分、我慢できる範囲です。
ともだちがフクベエとカツマタだった、こちらもOKです。
なにより、浦沢さんは読者を引きつける確かな力量を備えるとともに、商業的な成功をおさめた、実績あるすばらしい作家です。

それでも読後は、「ともだちは誰か」という結論のもって行き方には納得できず、ザラついた嫌な気分になってしまいます。
もうひとつの20世紀少年・映画最終章ではマンガと異なった結末であると銘打っています。そちらの収束方法が率直に受け入れらられるものであることを期待しています。
[ 2009/08/20 22:26 ] [ 編集 ]
作者さんは漫画を芸術みたいな高尚なものとして描いてるわけですか?
シンクロ?わかる人だけわかればいい?
そんなものは漫画とはいえないでしょう。漫画とは大衆が読むもの。
誰にでも分からないようなものはつまらないから誰も読みません。
解釈なんてものは所詮後付け、複線のようにストーリーを引き立てても、メインにもってきてはただの手抜き
だから浦沢さんのこの漫画は尻切れトンボでつまらない。
自分はこう断言できます。
ま、人それぞれなんですかね
[ 2009/08/21 21:48 ] [ 編集 ]
皆さんの意見や管理人さんの文を楽しく拝見させて頂きました。
私も端くれですが、作家というものは自分の作品に対して責任があるものです。
張った伏線は回収すべきですし、読んだ皆が
「ああ!そうだったのか!」
とハッキリと納得のゆく謎の解き明かしを知れる様に作る事が必要とされます。
そうでなければツインピークスの様に、解答が無いのに謎だけで引っ張り続けた挙げ句に、お粗末な結末で終わる駄作になってしまいます。
作者というものは、張り巡らせた伏線は何本あろうが、頭の中ではちゃんと覚えているものです。
そして解き明かしが初めから完成してない伏線などは、考えながら少しずつ解き明かしを組み込んでいく事が多いです。
また伏線を張る時点で、曖昧ながら頭の中では何パターンかの解き明かしが出来ている事も結構あります。
この作品の場合は、管理人さんが文で最大級に良い様に解釈している様な事では無くて、
『ここまで引き付けるために伏線を張り巡らせ、謎も引っ張るだけ引っ張り続けたけど、もうどうしようもない』

という観点から妥協点を見つけながら、作品に対して責任を最後まで持てなかったという印象を受けずにはいられません。
[ 2009/08/22 02:37 ] [ 編集 ]
「人気が出たから極力続けた」

これが真相だと思います。
架空の話なのだから、伏線を張れるだけ張っておけば、後から話の筋を変えることはそれほど難しいことではないと思います。

漫画を書いて食べていくプロなのだから、儲けを優先することを否定するつもりは毛頭ありません。

しばらく前にエヴァの話が出ていますが、この作品もエヴァも
「作者(現場)都合を優先した結果収拾付かなくなった作品」
だと思うのです。

・エヴァはお金と時間が足りなくなった
・20世紀少年は儲けるために話を長引かせ過ぎた

みなさんは、これらの点には目を瞑ることを暗黙の了解として議論しているのでしょうか?
このような作品に対してああだこうだと議論するのは
「プロレスラーの強弱について議論すること」
に等しいのではないかと思ってコメントしました。

私は20世紀少年が嫌いなわけでありません。
どちらかというと好きな作品です。
しかし私が残念に思うのは物語の終わらせ方だけでなく、その続け方に問題があったことです。
映画の第一章のラストとなった、ケンヂが爆弾を持って特攻をかけるところ。
私にとってはあのシーンが最高潮でした。
このあとにエピローグ的な話を書いて終わらせておけば、私にとっては良作の一つとなっていたことでしょう。
ただそこで終わらせてしまっては、世間ではありふれた作品と酷されてしまい、今ほど評価は高くはならなかったことでしょうね。

BOXセットを買って一気に読みましたが、ケンヂが特攻するところまでと、それ以降の話を読む気の落差があまりにも激しいものとなりました。
私にとってはそれ以降の話が蛇足であると感じられました。


・人気を得ること
・話を切りの良いところで完結させること

この二点の関係は相反するものであり、バランス良く完結できる作品はほんの一握りしかありません。
その観点から言えば、20世紀少年は良作とは言えないのではないか、と私は思います。
好きな作品かどうかは別として。
[ 2009/08/24 16:04 ] [ 編集 ]
週刊誌で連載だからしょうがないんじゃない。ベタなバトル漫画じゃないんだから、次々と風呂敷広げなきゃ話が続かんでしょう。これが書き下ろしで伏線残しまくりだったら、いい加減な奴だっていえるんだろうけどさ。
[ 2009/08/27 00:47 ] [ 編集 ]
伏線は、その作品を盛り上げ、読者に謎を与えることで、作品の世界へ引き込むものだと思います。

それを多用すれば、そりゃ面白い作品になるのは当然。
そうやって、読者を取り込んでおいて、あやふやにおわらせるのはなしでしょう。

こういう作品が良い評価を受けていったらそのうち、ひたすら伏線をはったあげく、犯人は神様とか宇宙人、超能力者だからなんでもあり。
みたいな作品がでてくる気がする。
そんで、謎が難解で話題沸騰なんつって売れちゃったりね。
[ 2009/08/28 23:39 ] [ 編集 ]
きちっと完結されたマンガなんてほとんど無いよ。
所詮マンガだよ。子供だましのモンキービジネス。
わりきって見ないと。
[ 2009/08/29 15:22 ] [ 編集 ]
>謎が難解で話題沸騰
「ひぐらしの鳴く頃に」という名前を思い出した。
[ 2009/08/29 19:26 ] [ 編集 ]
ここまで読んでおいて最終話が気に入らないとか頭おかしい、
[ 2009/08/31 19:20 ] [ 編集 ]
太字の文 作者が言いたかった事は、我々皆の愛の無さ、無関心が実は諸悪の根源なんだという事じゃないでしょうか。隣人に対する愛の欠乏が人々の孤独を倍化させどん底へと突き落としていっていることに私達は何時気付くのだろうか。悪者に成る方がどれだけ辛いか誰も理解しようとしない。苦しみと絶望の果てに自殺や、犯罪を犯してしまう者達を自分とは全く次元の違う者達のように扱って愚か者とあざ笑って傍観している私達こそ真の犯罪者なんだと、彼は言いたかったんじゃないだろうか。まだ友達に成っていない友達も友達に入れてあげようじゃないですか。
[ 2009/09/01 10:40 ] [ 編集 ]
作品のテーマ、登場人物の心理、思考や思想、あえて描かれていないエピローグ等を読者が想像して補完するのは普通だが、ストーリーを創造するのはおかしいだろ。伏線放置なんてただの怠慢。そこを創造するなんてそりゃ同人誌みたいなもんだろ。この作品は同人推奨なの?
伏線なんて張り放題、回収しなくてもおk、むしろ素晴らしいなんて、信者きもいとしか言いようがないね。
[ 2009/09/02 00:04 ] [ 編集 ]
太字の文
[ 2009/09/02 08:03 ] [ 編集 ]
色々あれこれ想像・追求するのが好きなマニア向けのように感じた。
作品として何かしら心揺さぶられるようなテーマは無い。
途中、休載期間もあったりNH○で休載に関しての弁明番組があったけど、どうも作品に対して自己完結してしまって連載途中で飽きがきて新たな作品に取りかかりたかったんではと感じた。飽きっぽい人なんじゃないかな…。
浦沢マンガは好きだけど、最近の作品は壮大だけど、作品から伝わって来るものも、感動も、感銘も、何か心に訴えるものも、残るものも無い。
かといって娯楽作品としても竜頭蛇尾。
手塚先生の事を書かれたコメントがありましたが、手塚先生は広げた風呂敷は畳む事が出来た漫画家だったように思う。
最近の漫画では珍しく無いけれど、普通に読みものとして大事な構成的な部分で力量不足に思えた。

読者にラストを考えさせる終わり方にしろもうちょっとどうにかならなかったのかな~というところ。ファンなのでちょっと残念。
[ 2009/09/03 04:37 ] [ 編集 ]
作者の諸事情は鑑みても、エヴァについては、物語のテーマとしていた問題について、きちんと答えていた(答えようとしていた)と思います。
20世紀少年を主さんの主張されるとおりのテーマで読むのは、作者に好意的過ぎる気がしてしまいます。筋書きを組み立てるのが下手なのかもしれないけど、それ以前に作者の表現力の質が、ああいった物語を書くのに合ってないんじゃないでしょうか。大友克洋の手法を取り入れたりしてるようですが、うまくできてないし。
[ 2009/09/14 22:54 ] [ 編集 ]
全体構成、伏線回収どれも雑
作者擁護の意見が多いが
ひいき目に見てもあまりにも酷い
[ 2009/09/22 16:39 ] [ 編集 ]
あなたまだまだですね。

[ 2009/09/30 07:48 ] [ 編集 ]
いつものことながら、この人つかみは天才的ですよね。
ともだちランドとかのあたりは最高に気持ちわるくってよかったな。
ともだち暦に入るころからはもうグタグタだなと思ってたが、特に最後はあまりにもがっかり。。
普通に見て、そもそも明確な構想もテーマもなしに「人気が出たから極力続けた」らグダグダになっていったてのが正解でしょうね。
さらに、ひねくれた見方すると、あいまいな部分のこして無責任に放り出したとけば、いろんな解釈ほどこして名作にしてくれる人たちがいるだろうって意識もあったか。
まあ、読んでるうちは楽しめたから良かったですが、この人は才能は非常にあるんだろうし、もったいないなという気がしないでもないです。
[ 2009/11/26 22:21 ] [ 編集 ]
連載時、最初のころはこまめに読んでいましたが、途中で疲れました。
なんだかんだ言っても、"ともだち"の正体と真意は何かがメインであって、それでここまで引っ張れたのでしょう。
(または予言の書の結末?)
ご都合主義的なストーリ展開や人物相関はマンガだからしょうがないのかもしれませんが、大人が読むには物足りない内容だと感じました。
逆に深く考えず、70年代ってこうだったな。。って懐古的な読み方なら楽しめると思います。

ここの管理人さんの解釈はとても良いと思いました。
本質的にはそういう話だったのだと思います。
それにしても話が長すぎたかな。

スケールが大きそうなフリをしてみたけれど、本質はそれほど大したものではなかった。。という感想です。
メッセージ色もほとんどない、ゆるい部類のマンガではないでしょうか。
少なくとも手塚マンガのような深みは全くありません。
懐古できる30代以上なら暇つぶしに良いのでは。
[ 2009/12/13 03:26 ] [ 編集 ]
とりあえずカツマタが"ともだち"としてかなり疑わしい人物であるのは解るし、またカツマタが"ともだち"であるという前提で読んでいくと結構伏線は回収されていたりする。
ただ、自分がどうしてもミスだとしか思えないのは、マンジョーメがVAから出た後で高洲と話しているのに、VAの中に亡霊みたいに残っている点。高洲と話しているということは、その前にVAからちゃんと出てきているはず。VAにつながったまま高洲に撃たれて・・・というのはよくわからない。最後ちょっと感動的に逝ったマンジョーメが単にVAに元からプログラムとして組み込まれていたキャラクターみたいなものだとしたらそれはけっこう酷いと思う。
あとマンジョーメが好き。全キャラ中一番好き。
[ 2009/12/24 00:18 ] [ 編集 ]
忘年会の流れで終電逃し、漫画喫茶で一晩過ごしながら、
「そうだ、途中までしか読んでないあの漫画、読み終えとこ」
と思って『20世紀少年』、つい先ほど読破したところです(笑)。

正直、読み終えた後の感想は、「ま、こんなところかな」。
『モンスター』で感じた浦沢さんの才能と限界の範疇に、縦横カッチリ合致した感じでした。望外の感動も、さしたる失望もなかったです。
こちらのサイトに書きこまれた皆さんのコメント、つらつらと頭から読んでいて、
自分も感想を書こうかなと思っていたら、チラノサウルス号さんの意見とほぼ同じでした。
浦沢さんの不幸……とまで言ってしまうと語弊がありますが、
彼の作品に毀誉褒貶が激しい最大の理由は、作品のテーマに比して
演出やら掴み、引きの技術が高すぎる点にあるかと思います。
群像劇的な手法を用いて多重構造的に見せる構成力、
懐旧や郷愁の念をくすぐる泣きの要素の配し方、
そして、謎や生理的不快感を適度にちりばめ、
読者を引き込む作劇法。
どれも、超一級です。
ただ、それで描きたかった主題が何かとされたとき、
いきなりスケールダウンしてしまう。
誤解なき様断りますと、決してこの作品が最終的に帰結した
「存在を消された少年の悲哀」やら「自意識や虚栄心と、周囲の認識の乖離」が、テーマとして軽いと言っているのではありません。
ただ、テーマを彩る小道具を配する手法に比して、
主題そのものを描く際の熱量がどうも希薄。
連載漫画なのだから、伏線を全て回収しろなんて言いません。そんなのムリです。そんなことくらい解っています。
ただ、「ともだちのともだち」という周囲の認識、
「死んだ、よく知らない人」とされた存在の消去により
生じたともだちの闇は、人類を滅ぼす程だった。
そこを描きたかったのなら、その狂気に見合う狂気を
やっぱり筆にこめなくては。
最後に読者がシンクロした思いが「誰だっけ?」では、
着地地点がズレてますしね。
[ 2009/12/27 14:47 ] [ 編集 ]
私はとにかく、「カツマタくん」がだれかと気づいた時、ぞっとしました。あまりにもかわいそうで。こんなに存在の無さ、気薄さが、本人から見ると恐ろしく心を埋め尽くすものなのか。

オウム真理教とかそういうこわいことを企てる人だって、たださびしいんじゃないかって。自分がここにいることに誰よりも確信を持ちたいんじゃないかって。ビートルズも、"Ah, look at all the lonely people" って歌いましたけど。

私はこの漫画を読み終えて、自分が一番知らない人を、もっと知りたくなくなりました。
[ 2010/03/12 13:25 ] [ 編集 ]
最近映画最終章を見まして 以前から読んでみたいと思ってたので 21世紀少年まで一気に読みました。
その後 ここの考察とコメントをふむふむと眺めつつ 
なんとなくですが思うこと書いてみたくなりました。


素直に 私は面白い と思って読みました。
もともと浦沢さんのマンガは好きでしたし 映画見ずに読んだらもっと面白く夢中になれたなーと思いましたね。
最後は やっぱりあっさり終わってる感じがしました。
うーん・・・でも 作者は ともだちの正体を 具体的に書きたくなかったんじゃないかな?
(21世紀少年自体が 描くつもりのなかった話?の気もしました→予定していたかもですし描いてくれないと困る話もあったとは思うのですが…)
フクベエや カツマタくん ともだちの内面や考えなど 読者が読んできた中ですでに それぞれの物語があると思うのです。それをそのまま 残したかったからこそ はっきりした最後を描こうとはしなかったのかもしれません。
細かい伏線回収がされてないのは そうですが…そのへんは そこまで気にしないでいいかなと思ってます。
私的には 主人公に一番感情移入し 愛情をもつタイプなので あの結果で満足してます。
ケンヂが(カンナが)最後まで走り抜けた それだけで スッキリしました。
そして カツマタくんのともだちになった動機は 復讐じゃなかったと思うんです。
いじめられて 死んだことにされて いてもいなくても同じで 誰かを憎むとかいう感情があったのかも謎な状況で 中学で自分を消そうとしたときに 止めてくれた(音楽を流したことで)ケンヂは ずっと憧れていた存在で 本当に大人になっても 彼は友達になりたかっただけ なのかなって思いました。自分がここに存在していると ケンヂに わかって欲しかった。
フクベエがいて その狂気に飲まれて 方向性が変わってしまったのかもしれないし 実際のとこはわかりません。
でも カツマタくんは 本当に悲しいなぁ・・・と 思いました。
小学生なんて 残酷で切ないものなのかもしれないですね。
私はでも それを精一杯受け止めに行った ケンヂが 好きです。そのラストで 良かったかなーって思います。


まあ連載で読みたくはないですがw
[ 2010/03/31 04:42 ] [ 編集 ]
突然お邪魔します。気がするだけですが・・・
ケンヂが記憶が戻って3日3晩泣いて、逃げ切れなかったのは、その記憶の一番重要な記憶は、万引き事件とカツマタ君のことの記憶じゃないかなって。
記憶が戻った後のケンヂは2000年までのケンヂと違う空気をまとってるから。
これは、謎解きではなくてキャラクターのカッコよさに入れ込んだ読者の希望的想像ですけどね。
いずれにしても、長いし、エネルギーは要るし、あれ?って感じも残るんだけど、とても面白い作品だって感じましたねえ。
歌ってるやつを撃つな!実にカッコいい。
[ 2010/05/13 23:35 ] [ 編集 ]
ともだちがフクベエだったってところまでは面白かったけど、後は読むのが面倒くさくなりました。
エヴァンゲリオンと同じで、作者自身が広げた風呂敷をどうしていいか分からなくなっちゃった、ってのが真相じゃないでしょうか。
深夜の理科室でドンキーが何かを見た、って期待させたエピソードもタネを明かせばゆるいエピソードでした。
読み終わってスッキリしない部分が多々あるのは作者の力不足と言うほかありません。
[ 2010/08/15 19:53 ] [ 編集 ]
否定している人達はきっと凄いストーリーを構成できるんでしょうね。
[ 2010/08/24 21:42 ] [ 編集 ]
今さらながらコメントさせていただきます!
僕は1年半ほど前に単行本で全巻揃え読み終えました!しかし、イマイチわからず、何回も何回も読み返して、やっと8割ほど理解しました。
そこで、映画を観て、若干原作と異なっていたけど細かいとこを理解し、その時全体の9割ほどを理解できました。
しかし、ともだちの正体も話の流れもわかっていながら、なぜか納得ができないでいました。
この漫画は何を伝えたいのか…
この謎をこの日記を読むことで理解し、今とても感激しています!
本当に素晴らしいと思います。
しかしまだ100パーセントではありません。
なぜ、この漫画のタイトルが『20世紀少年』なのかがわかりません。
それがわかったとき、この物語をもう一度読んでみようと思います。
[ 2010/08/28 00:43 ] [ 編集 ]
少年時代に主人公たちの様な経験をして来た人は面白く
見れただろうなと思うんだがどうだろう
死んでも生きても居ない生活をしてた人
受験戦争だった人
放課後に遊ぶなんて事が無かった人
人によって感じ方がずいぶん変わる漫画なんじゃね?
自分は同じ年代、同じ体験をして来たからか
面白く読めたけどね
[ 2010/08/29 18:49 ] [ 編集 ]
はじめまして。
映画を見たのですが、漫画とは違うみたいなんですけど・・・
結局、ともだちは勝俣君であって、ふくべえは小学5年のときに死んでいると言うことなのでしょうか。
[ 2010/09/01 19:14 ] [ 編集 ]
 二十世紀少年とても面白い作品だと思いました。
浦沢さんが思い出せない同級生からこの話を思いついたというのは初めて知りました。またあなたの解釈も大変興味深かったです。
 わたしは浦沢さんの心の闇というか、人間の悪を見つめる視線に感銘を受けることが多く、このお話も推理物ではなく
寓意的なものとして捉えました。
 予言の書の実現は一見科学で可能なように思えますが、現実化は難しく「リアル」とはいえないものだと思います。ともだちは誰か?ということがあまりに難題だったので、ミステリ好きには魅力的で白熱しすぎてしまったようですが、実際一番重要だったのは『誰がともだちか?』ということではなかったのではないかと感じました。
 浦沢さんがあまりともだちの動機や正体について詳しく描かなかったのもそこが重要と考えていなかったからなのではないかと。
 「ともだち」という一般的にはプラスのイメージであるものが、果たして全てそうであるのか?善意100%の存在と言い切れるのか?
 今回ケンジに無実の罪を着せられて暴走してしまった「ともだち」が「復讐する!」ではなく、「遊びましょ」と言ったことが強く心に残りました。彼にとってあの壮大な悲劇は全て遊びだった。非常にゆがんだ心ではありますがw
 そしてケンジが謝ったことで「終わっちゃうじゃないか!」と怒った。彼にとってのともだちとはそういう存在だったんでしょうね。
[ 2010/09/06 17:20 ] [ 編集 ]
伏線の回収をしないってのは、回収しないんじゃなく「できない」んです。単に最初から考えてないからです。思わせぶりな伏線をとりあえず作り、話の展開次第で都合よければ回収、そうでなければ無かったかのように放置。誰が最初にやったのか知りませんが汚い手法です。
「必ず回収されなければいけないのか」とかマヌケな理屈をこねる人がいますが、そんなの言うまでもなく「されなきゃいけない」に決まってる。ノンフィクションならともかく、創作物ですよ?
事実、気分の悪い人が山のように生まれるのだから。連載終了前に作者が死んじゃうマンガと同じです。生きてるくせにそういう事をやる作家は卑怯者です。なんでマンガやアニメに気分悪くされないといけないのか。そんな単純な事考えるまでもないのでは?
世の中うやむやで終わらすのが嫌いな人は山ほどいるんですよ。そういう人達の事を考えてないと言える。
[ 2010/11/11 04:38 ] [ 編集 ]
納得するのに解説が必要なマンガ?
そんなものはもうマンガではない
理解できないなんて程度が低い?
みんなを理解させる努力をしない作者のほうがよほど程度が低い
これはラストに関しての意見です。
別にラストが酷くなくても、この作品は蛇足のように同じ事を繰り返したりと無駄な部分が多すぎてつまらない。
[ 2011/01/25 02:30 ] [ 編集 ]
フクベエ→カツマタというのは予想はできてたけど
漫画だからって死んだ人間と小学生が入れ替わるのは
無理があると思って推理からはずしたなぁ

予想してたのが
一巻のモンちゃんの話で出てくる
回想の5人はモンちゃん、コンチ、ケロヨン、ドンキー
「あともう一人…誰だっけ?」と言われていたのはフクベイで
フクベイはカツマタ君が死んだという噂を流して(それまでカツマタ君は生存)
カツマタ君が首吊りで驚かす予定が誤って死亡か自殺
ドンキーはそれを目撃して逃げた後をモンちゃん、コンチ、ケロヨンの三人が逃げる
逃げなかったフクベイは理科室でカツマタ君が死んでいるの発見する
死体はそのままに自殺と処理され
学校側から子供たちにくわしい事情を伝わることはなかったとか

しかし仮面の子供はケンヂが正しく記憶しているならカツマタ君というのは間違いないはず
あれ?でもケンヂは二人目のフクベエの正体は誰だかわからないって言ってたよな
つまり、ともだちB=カツマタではなく、フクベイ、カツマタ以外の第三者がいることになるんじゃないか?
ということで正解は

フクベエ=ともだちA
カツマタ君=自殺または事故死
超能力少年=ともだちB

ではないだろうか?
[ 2011/02/25 11:50 ] [ 編集 ]
基本的に「マンガ」そのものに対するパロディだったり、愛情だったりするんだろう。冗長とか、意味不明とか、伏線のたれ流しとか、この作品に対する批判は全部あたってるけど、もともとマンガってそういうものだし、それを極端にするとこうなるっていう。単行本を全部買って読んだ自分は、もう6巻ぐらいから「これはたぶんやられたなあ」と思いながら、それでも続きが知りたくてついつい24冊も買って読んでいるわけで、もうそれだけで作者の勝ち。どうせやったら「ともだちの正体」っていうのが途中からどっかいってもうて、まったくストーリーに出てこなくなり、「おいおい、ともだちの正体はどないなっとんや!!」とツッコミ炸裂のまま、それでもひきつけ続けるとか、あるいはこのクオリティーを維持して100巻超えるまで連載するとか、そこまでいったら「浦沢すげえ。まさしくストーンズや」という感じ。It's only MANGA, but I like it.
[ 2011/03/26 07:04 ] [ 編集 ]
sinさんに一票です。

「本格科学冒険漫画」っていう肩書きだけで、こんな感じのお話をイメージする私は主人公たちとほぼ同年代。
下の若い人たちにはもうこういう語感は伝わらないのかな..。

でも、それぞれの解釈とか感じ方とか、興味深く読ませていただきました。ありがとうございました。
[ 2011/04/11 21:13 ] [ 編集 ]
最近になってこの作品を全部一気に読みました。
チラノサウルス号さん、繰り返し読者さん、TORATORAさん、の意見が私のすべての感想でした。

繰り返し読者さんの、
『町中で大量殺人が起こって、その罪を自分になすり付けてきた真犯人は、実は向かいに住む幼なじみのおじさんだった。
向かいのおじさんが死んだあとは、話の中では極端に影が薄くされてしまった隣に住むおじさんが大量殺人を引き継いだ。
多くの場面ですでに死んだことになっていたりして、「魅力ある多くの登場人物」とかけ離れた存在の隣のおじさんが死んでわかったことは、向かいのおじさんと隣のおじさんは顔がいっしょだった。
何じゃこりゃ、という気分です。』
の書き込みに、まったく同感だったので爆笑してましたw。

スケール大きくして読者はめちゃくちゃどうなるのか期待したけど、最後は小ぢんまりして終わった。期待外れの作品でした。
[ 2011/04/13 17:02 ] [ 編集 ]
難しいのは世代感、
同じ時代を体験したものそうでないもの
年齢の差もしかり。(子供の頃の1年、2年の感覚の差の大きい事。)
万博に行ったリアル体験と
行かなかった文字や写真からくるバーチャルさ。
リアルとバーチャル。
40年ぶりに太陽の塔に会って複雑で涙の出る思い。
面白く読ませて頂きました。
特に最後が素晴らしい。
昔観た白黒映画に自身の色を付けて行く感じ。
決してセピア色ではなかった。
[ 2011/05/11 13:53 ] [ 編集 ]
途中で寄生獣を揚げている人がいますが、私も寄生獣は自分が読んだ漫画のなかでも上位です。しかし20世紀少年はぜんぜん面白くありませんでした。
私が面白いと思う漫画は、寄生獣、日出処の天子、ナウシカ、Hunter×Hunter、手塚治虫のシュマリや短編集などです。これらの漫画は何度読むほど面白いですが、20世紀少年は読み返したいと思いませんし、読んだあとに何も残りませんでした。
面白いと言っている方はほんとに面白い漫画を読んでいないんじゃないでしょうか?
[ 2011/07/09 05:59 ] [ 編集 ]
伏線は回収されなければならない、などとマヌケな理屈をこねてる人はきっと、記憶力は良いが思考能力に欠ける、という典型でしょうな。はっきりした答えを用意してもらえないとすっきり出来ないなんて、感性が無さすぎ・・・。

読者一人一人が自分なりに感じ取ったことが答え、それでいいのでは?もっとも、その自分なりの答えを導き出せない人にとっては、うやむやな終わり方、となってしまうのでしょうが・・・。
[ 2011/07/27 01:03 ] [ 編集 ]
最近になって読みました。

サダキヨがキリコさんとお話した公園のエピソード。
あそこにもう一人いたナショナルキッドが「ともだち」なんですよね。

あのエピソードは、そのままジジババで捕まるエピソードヘつながります。
子供達の衣装が全く同じなんですね。

公園のエピソードは、キッドの殺人予言にフクベエが「理科の実験でもしにいこう」といって立ち去るもの。

理科実験の前に捕まって「死刑宣告」を受けた。
だから、つかまったカツマタくんは理科の実験ができななった。ということになっているのでしょう。

本名かどうかも定かでなく、むしろ「あだ名」なので、卒業アルバムとも一致しなくて、忘れられていたのではないでしょうか。

ドンキーのお通夜の時点(連載初期)で、ここまで伏線を張って、見事に、メインエピソードの一つジジババ事件で回収している、と読みました。
[ 2011/08/03 14:59 ] [ 編集 ]
伏線は回収が出来なければ無駄で余計な部分になる。

例えばドラマの合間に流れるCMを「伏線」だとする。
CMを増やして放映時間を延ばしても、ドラマ本編の内容には関係がない。
また、頻繁にCMを流してドラマの筋を分かり難くすることが、色々な解釈が出来ていいとはいわない。
でも、無意味に思えたCMの内容が本編のドラマに関わってくると、今までのCMに意味があった事がわかる(伏線の回収)
[ 2011/08/08 18:30 ] [ 編集 ]
(これまでに読んだ浦沢直樹作品)
 YAWARA、MONSTER、マスター・キートン、パイナップル・アーミー、ビリー・バット、プルート(鉄腕アトムもの)などなど浦沢作品を読んできました。20世紀少年・21世紀少年についても、浦沢氏の作品に登場するいろいろの人物の性格や個性的な特徴は、それぞれきめ細かく規定されたかのように定められている。20世紀少年に登場する一人一人の子どもの個性もまさにその通りだ。
 物語の中で感じる迷路のような仕業も、きちんと道しるべがつけられていた気がする。
(自分の子ども時代の記憶)
 私自身、子どものころ「私は死にました10回」のようなこともやって戦争ごっこ・ちゃんばらごっこをしたのもです。けれども世界を滅ぼすなんて想像力ははたらきませんでした。ちゃんばらごっこは、やがて戦争ごっこでおもちゃの鉄砲(やすもの、玉無し)での打ち合いをしたりした。
 「空き地」と呼ばれる草ぼうぼうの中でかくれて遊んだこともありましたが、ケンヂのような「基地」までにはいたらなかった。木の上にのぼって「ここはオレの隠れ家」と勝手に得意になったりしていたなあ。
 遊んでいるとき、ときどき、知っているともだち以外の子どもが混じっていても違和感を感じずに遊んでいた。友だちの友だちなのだろうな、今思えば。それでも楽しさ優先するのが当時のオレたちだった。名前をしらないやつも集まって遊んでいる。(もちろんその中の何人かはよく遊ぶ友だちなのだが)「ともだち」の「ともだち」ってやつだ。
(ナショナルキッド)
 20世紀少年の中で地球防衛隊のバッチのようなものが出てきたが、バッチは覚えていない。けれど、ナショナルキッドの面の形のバッヂのようなものは手に入れたことがある。何かで当たったものだった。ん?七色仮面だったっけ?いや、ナショナル電機の店でもらったから、やはりナショナルキッドだった。
[ 2011/09/11 21:16 ] [ 編集 ]
みんなこれを見ろ

www.youtube.com/watch?v=zWPAktCuzK4

長いシリーズだけど、作者が何を意図してこのマンガを書いたのか分かって来るぞ。
伏線は回収されない。だってそれは今この世界の現実で繰り広げられているのだから
[ 2011/09/16 16:02 ] [ 編集 ]
カツマタの素顔は、きっと太陽の塔の子供の人形だと思う。
[ 2012/03/20 15:29 ] [ 編集 ]
ここでされている解釈を読み、「思い出されない悲しみ」というのが
マンガのテーマだったのか、なるほど、と思いました。

でも、だとすると、どなたかが書かれていたように、やっぱり
テーマへの肉薄不足だよなぁ。。とも思いました。

それで隣にいた主人にどう思うか聞いてみたところ、
「浦沢さんはテーマというよりも、むしろ話の過程の方が
書きたかったんじゃないの?」
「”本格科学冒険漫画”って浦沢さん言ってるんでしょ?」
という答えが返ってきました。

これを聞くと、

そうだなぁ!浦沢さんは、
”本格科学冒険漫画”ていう謳いのように、
ドキドキワクワク、大げさでうさんくさいけど面白いもの、
荒唐無稽な話、変だけど魅力的な登場人物、
そういうものをとにかく描いてみたかったのかな!?と、思いました。

心理学的なミステリーというよりも、
少年のワクワクドキドキハラハラを描きたかったのかも。

このマンガを読んでいるとき、
「オッチョってどれだけ強いねん!」「チベットで修行!?」
「ロボット倒すのに足ばらい!?」
「この人めっちゃコワい!」
「バーチャルアトラクション、すごすぎ!」
等々。。いろいろ、つっこんでましたが、
それこそが、浦沢さんの狙いだったのかもしれない。と、思いました。
[ 2012/10/20 02:30 ] [ 編集 ]
伏線を「フラグ」と置き換えるか「結末があやふやなトピック」と捉えるかの違いでしょ。ミステリとラノベの場合は伏線は絶対に回収するべきものになってるけど、それ以外の大多数の作品の場合は「伏線」は絶対に回収する(結末を描く)必要はなくて、むしろあやふやなままなのが答えになってる場合だってある。トピックの「起」の事を何でもかんでも「伏線」って言うのって変だと思うよ。
[ 2012/10/26 23:13 ] [ 編集 ]
海外在中です。こちらの海外チャンネルで、映画が3週かけて流されました。漫画は読んでなかったのですが、緊張しながらも楽しめました。結局分からないこともあってここにたどり着けましたが、皆さんのコメントでいろいろ勉強になりました。有難うございます。

でもまだ分からない事は、VAに入った大人のケンジが、中学生のカツマタ君に、「仮面とってあいつ(ケンジ)の所に戻れ」、って言ったあとで、スーだら、グーたらの節を歌って中学生のケンジが気に入ったのに、どうしてVAに行く前のケンジが、その節を歌ってたんだろう?
[ 2012/12/01 15:25 ] [ 編集 ]
このべあーって奴なんで突然名無しになったの?(笑)
[ 2013/09/05 03:56 ] [ 編集 ]
改めてコミックを全巻読んだ、映画を見ていない者です。
改めて「カツマタ君って、誰?」って思い、ネットを検索し、このページをここまで読んだところ、「2009/08/20 22:26 繰り返し読者」さんと全く同意見です。

誰か私に、カツマタ君って誰なのか教えてください。
って、たった今コミックを全巻読んだ、即ちコミックに出現したカツマタ君の情報を全部知っている私が言うのも変ですが。
[ 2014/10/15 22:36 ] [ 編集 ]
1.未確認の人物は存在しない
5人は夜の理科室にいっていない→服部を見ていない
服部が登場するのは→回想と仮想空間のみ
つまり服部の姿が見えるのは主人公と読者のみ

2.一人だけ証言が異なる
遠藤は服部が同級生だという→同級生達は知らないという
畠山鈴香の嘘がバレたのは一人だけ証言が異なっていたからでしたね

遠藤と服部と佐田のセリフを見比べてみてください
[ 2014/12/31 01:38 ] [ 編集 ]
最後のシーン、すごく納得できました。
ありがとうございます。

ところで、この作品のバックグラウンドを調べてみました。
アポロ11号(1969)、大阪万博(1970)、ボーリングブーム中山律子(1971)、明日のジョー(1970)あたりは合っているのですが、ユリゲラー来日に始まる超能力ブームは1974年以降だったようです。
つまり、ケンヂ(浦沢自身)が小学生の頃、スプーン曲げは話題になっておらず、ブームが来たのは中学〜高校入学の時期になります。またナショナルキッド(1960)、忍者ハットリくん(1964−1968)もケンヂ(浦沢氏)より少し上の世代のヒーローになります。
要は、リアル浦沢世代が見れば、はじめからしてグダグダな設定なわけです。けど、10歳以上年下の私が読むとT-REXも含めて全ての設定が正しい時代背景であると錯覚してしまうんじゃないでしょうか。

ところで、このマンガの検索してみて知ったのですが、正しいタイトルは『本格科学冒険漫画・20世紀少年』という長いもののようです。そして、この『本格科学冒険漫画』という言葉も浦沢世代にとっては『胡散臭さ100%』なんじゃないでしょうか。空想科学小説(SF)全盛だった時代から、アポロ11号月面着陸、大阪万博での先進科学技術、空想(フィクション)が現実(リアル)に変化するように感じた時代には、いろいろなインチキ商法(万丈目風)のなかで、デタラメな物ほど『本格』を謳っていた時代であり、当時の子ども達は、それを承知の上で、あるいは、半信半疑に、インチキ商品にお金を払い、騙されたり、笑われたりしていたのではないかなと思うのです。

裏を返せば、浦沢氏がタイトルに『本格科学冒険漫画』を入れた時点で、もうこれはインチキだらけのお話ですよ!といっているようなもので、それに対して、伏線がどうのと必死になるのは、まさに作者の思う壺。万丈目に騙されてインチキ商品買ってしまい後から悔しがる当時の子ども達の気持ちの再現なのではないでしょうか。

最後に、バーチャル・アトラクションですが、端末の中の疑似体験と捉える人が多いようですが、私は時空を超えるタイムマシンなんじゃないかと思います。ストーリーで重要なトピックとなる『漫画』『お化け屋敷』『超能力』『ロボット』『空飛ぶ円盤』『地球の滅亡』などなど、昭和40年代の子どもたちの夢を背景にした『本格科学冒険漫画』な訳で、そこに『タイムマシン』を入れない訳がないと思うからです。タイムマシンがあってこそ、昭和40年代を背景とした『本格科学冒険漫画』になるわけです。

理科室でフクベエがヤマネに殺されることを大人の僕に教えてもらったのは、まさにタイムマシンのなせる技であり、また、カツマタくんが万引き犯がケンヂと知ったのもタイムマシンがあったからでしょう。そう考えると多くの伏線が回収できると思います。バーチャルアトラクションは、タイムマシンをストーリーから隠蔽するための小道具であり、万博パビリオンや大型娯楽施設から、現代の若者でもリアルにイメージしやすいトリックなのではないでしょうか。

なので冒頭の設定から、最後の最後まで、浦沢世代でないと迷い込み易いトラップ(トリック)が貼られている昭和40年代的(万丈目的)インチキ娯楽漫画と受け取ってもいいんじゃないかと。浦沢氏より若い世代が、いくら『あのエンディングは何なんだ!!』『伏線をちゃんと回収しろ!!』と怒ってみたところで、浦沢氏にしてみれば『お前らなんかに昭和40年代を理解されてたまるか!』『分からないだろザマーミロ!!』ぐらいな気持ちなんじゃないかな?と思うようになりました。


  
[ 2015/05/08 21:50 ] [ 編集 ]
この漫画、漫画なのにとても怖かったです。
某宗教団体が幅をきかせて政権の座についているのは現実でもありますよね。
様々な立場からの言論の統制、パンデミック、影の影で暗躍する『何か』。
伏線が回収されないのは、描かれているのが現在進行形の出来事であり、未来がいまだ定まっていないからではとも思えて、恐ろしいです。
[ 2015/08/04 15:52 ] [ 編集 ]
久しぶりに21世紀少年を読んで、ふとカツマタ君は漢字でどう書くのか気になりました。
普通なら「勝俣」や「勝又」なのでしょうが、いろいろ考えたところ、一つの結論にたどり着きました。
 カツ → 活
 マタ → 復(マタは復の訓読み)
復活した「ともだち」の正体はカツマタ君でした。
また、ケンヂ達の記憶では死んだことになっていました。
自殺を思いとどまったことも復活と言えるかもしれません。
「カツマタ」は「活復」なのだと、勝手に納得しています。
作者が同窓会で思い出せなかったともだちの本名だった、というオチでないことを祈りつつ…。
[ 2016/05/12 00:17 ] [ 編集 ]
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