8年以上にも渡る長期連載だった『21世紀少年(20世紀少年)』が7/13(土)発売号のビッグコミックスピリッツにて完結しました。以下はそれについて色々と語るつもりですが、物語に関して
とても重大なネタバレがあるので注意。追記扱いにしますので、読んでみたいという方は「READ MORE...」をクリックしてください。
最終回になって明かされたこと、それは”ともだち”の正体が『カツマタくん』であったことでした。読み終えたあと私も含め、ほとんどの読者が「カツマタくん…?」と思ったはずです。重要なのはこのとき、「誰それ?」ではなく「誰だっけ?」と
思い出せない点。実際、カツマタくんは作中に登場しています。だから『知らない』のではなく『思い出せない』。それが”ともだち”の本質であり、浦沢が描きたかったことなんじゃないかな、と私は思います。
実はこの「20世紀少年」という漫画は浦沢が同窓会に出席した際、思い出せない”ともだち”がいたことをキッカケに描かれたそうです。では
思い出せないともだちってどんな人物でしょう?おそらく友達であるなら10年振りだろうが、会って話すうちに段々思い出してくると思います。昔話に花を咲かせたりしてね。では
友達の友達はどうでしょう?あいつとは仲が良かったけど俺とはそれ程でもなかった。全くと言うわけではないけどあまり関わりがなかった。そんな奴です。仮に10年振りに出会ったとして、そんな人物のことを果たして思い出せるのかと言えば、正直難しいと思います。
それらを踏まえた上で思い出して欲しいんですが、作中で初めて明かされた”ともだち”の正体はフクベエでした。でも実はその黒幕がいた。つまり
"ともだち"の"ともだち"です。”ともだち”の正体がフクベエだとわかった時点で終わらせなかった理由はここだと思います。ケンジたちはみんなフクベエのことは思い出しました。おそらく思い出した時点で”ともだち”の本質からは外れるんでしょう。本当に思い出せない人物は『友達の友達』だ。そう思ったからこそ、浦沢はさらに物語を続けたわけです。おそらく、黒幕の存在はかなり初期の段階から決まっていたと思われます。
”ともだち”の望んだこと。それはケンジに自分の存在を思い出して欲しかった、ケンジと友達になりたかった。それを裏付けるかのように”ともだち”の行動は終始、少年時代を再現することに一貫しています。よげんの書にしろヴァーチャルアトラクションにしろ、ウイルスを撒き散らした後の日本にしろ、全てはケンジに自分の存在を思い出して欲しかったが為の行動だったわけです。少年時代を再現すれば自分のことを思い出してくれるに違いない、そう考えたんでしょう。確かに思い出すためには再現するのが一番効果的だと思います。
しかし、これだけ大掛かりなことをしておきながら(大掛かりと言うには規模がでかすぎますが…)、ケンジは最終回の、しかもその最後の最後になるまでカツマタくんのことを思い出しませんでした。だって、カツマタくんはケンジにとって
"ともだち"の"ともだち"でしかなかったから。また、それは読者も同じです。8年にも渡り”ともだち”は自分の存在を訴えていたのに、誰もその正体に気付かなかった。思い出さなかった。そして”ともだち”の正体が『カツマタくん』だったと明かされても、「カツマタくんって誰だっけ?」と思い出せなかった。
つまり、この漫画は”ともだち”がケンジに自分の存在を思い出させる(そして友達になりたい)為のものであり、それでも思い出してくれないカツマタくんの可哀相な物語だったわけです。ある意味、カツマタくんが主人公であったとも言えます。でもその存在は誰も覚えていなかった…。そしてその
思い出せないというのを、作中のキャラクターと読者が共有するための作品であったと言えます。最終回で”ともだち”の正体が明かされたとき、「誰だっけ?」と思い出せなかった人はその瞬間、完全にこの漫画とシンクロしています。そして、浦沢はこの瞬間のために8年にも渡ってこの作品を描き切ったと言っても過言ではありません。
敢えてカツマタくんがどこで登場しているのかとかは言いません。それを言ってしまうと彼の存在を
思い出すことになってしまうので…。でも確かにカツマタくんは登場しています。
なにはともあれ、8年間お疲れ様でした。「PLUTO」と次回作にも期待しています。
最終回になって明かされたこと、それは”ともだち”の正体が『カツマタくん』であったことでした。読み終えたあと私も含め、ほとんどの読者が「カツマタくん…?」と思ったはずです。重要なのはこのとき、「誰それ?」ではなく「誰だっけ?」と
思い出せない点。実際、カツマタくんは作中に登場しています。だから『知らない』のではなく『思い出せない』。それが”ともだち”の本質であり、浦沢が描きたかったことなんじゃないかな、と私は思います。
実はこの「20世紀少年」という漫画は浦沢が同窓会に出席した際、思い出せない”ともだち”がいたことをキッカケに描かれたそうです。では
思い出せないともだちってどんな人物でしょう?おそらく友達であるなら10年振りだろうが、会って話すうちに段々思い出してくると思います。昔話に花を咲かせたりしてね。では
友達の友達はどうでしょう?あいつとは仲が良かったけど俺とはそれ程でもなかった。全くと言うわけではないけどあまり関わりがなかった。そんな奴です。仮に10年振りに出会ったとして、そんな人物のことを果たして思い出せるのかと言えば、正直難しいと思います。
それらを踏まえた上で思い出して欲しいんですが、作中で初めて明かされた”ともだち”の正体はフクベエでした。でも実はその黒幕がいた。つまり
"ともだち"の"ともだち"です。”ともだち”の正体がフクベエだとわかった時点で終わらせなかった理由はここだと思います。ケンジたちはみんなフクベエのことは思い出しました。おそらく思い出した時点で”ともだち”の本質からは外れるんでしょう。本当に思い出せない人物は『友達の友達』だ。そう思ったからこそ、浦沢はさらに物語を続けたわけです。おそらく、黒幕の存在はかなり初期の段階から決まっていたと思われます。
”ともだち”の望んだこと。それはケンジに自分の存在を思い出して欲しかった、ケンジと友達になりたかった。それを裏付けるかのように”ともだち”の行動は終始、少年時代を再現することに一貫しています。よげんの書にしろヴァーチャルアトラクションにしろ、ウイルスを撒き散らした後の日本にしろ、全てはケンジに自分の存在を思い出して欲しかったが為の行動だったわけです。少年時代を再現すれば自分のことを思い出してくれるに違いない、そう考えたんでしょう。確かに思い出すためには再現するのが一番効果的だと思います。
しかし、これだけ大掛かりなことをしておきながら(大掛かりと言うには規模がでかすぎますが…)、ケンジは最終回の、しかもその最後の最後になるまでカツマタくんのことを思い出しませんでした。だって、カツマタくんはケンジにとって
"ともだち"の"ともだち"でしかなかったから。また、それは読者も同じです。8年にも渡り”ともだち”は自分の存在を訴えていたのに、誰もその正体に気付かなかった。思い出さなかった。そして”ともだち”の正体が『カツマタくん』だったと明かされても、「カツマタくんって誰だっけ?」と思い出せなかった。
つまり、この漫画は”ともだち”がケンジに自分の存在を思い出させる(そして友達になりたい)為のものであり、それでも思い出してくれないカツマタくんの可哀相な物語だったわけです。ある意味、カツマタくんが主人公であったとも言えます。でもその存在は誰も覚えていなかった…。そしてその
思い出せないというのを、作中のキャラクターと読者が共有するための作品であったと言えます。最終回で”ともだち”の正体が明かされたとき、「誰だっけ?」と思い出せなかった人はその瞬間、完全にこの漫画とシンクロしています。そして、浦沢はこの瞬間のために8年にも渡ってこの作品を描き切ったと言っても過言ではありません。
敢えてカツマタくんがどこで登場しているのかとかは言いません。それを言ってしまうと彼の存在を
思い出すことになってしまうので…。でも確かにカツマタくんは登場しています。
なにはともあれ、8年間お疲れ様でした。「PLUTO」と次回作にも期待しています。